「とうとう最後の運動会になりましたね」、そんな会話、挨拶を何人ものご家庭と交わしました。忘れもしない6年前、佐藤さんは3人目の出産を無事に終えてその日を楽しみにしておられましたが、雨でした。はじめての雨、11月3日に雨が降るなんて、それからその年を含めて天候異変の3年があり、その3年をぽっぽから年長まで過ごされたところは天気に恵まれない運動会を体験されることになりました。
その雨の運動会ちょっと前に生まれた勇海くんがとうとう卒園の時を迎え、リレーを走るというのです。運動会前に感無量ですねとおかあさんとお話ししました。そして「先生、一人ひとりにしっかり一言で表す紹介のことばをつけてくれたね」と言われるのです。えーっそうだっけ、そうですよ、6年生の長男は「この顔に騙されてはいけないよしやくん」2人目は「やる気だけは満々のひかるくん」そして「本番にはちょっと弱いいさみくん」。大体リレーで絶叫しているのですが、いさみくんにはすでに命名が行われていたようです。そのリレー一瞬にして絶叫しているのですが、しっかり聞かれてしまっています。その笑顔の総領の甚六氏はきちんと本部席まで「先生長いことお世話になりました」とあいさつに来てくれました。間に1年空白があるものの9年の佐藤さんちも、とうとう佐藤家が卒園となります。
小中学生のリレーの最後を走ってくれたのは出口3兄妹の長男貴弘くん、中3です。幼稚園のころやさしい目立たない男の子だったのに、今駅伝の選手とか、毎年姿を見せてくれているのですが、見降ろされているわたしでした。
ドラマにあふれた、手からこぼれそうなほどの温かい思いをもらったそれまでの日々、そして運動会当日の一日でした。今年も何人もの方から「リレーのマイク楽しみにしてますよ」「あのマイクがないと公同のリレーではありませんからね」、それを横で聞くはじめてのおかあさんは?するとこたろうくんのおかあさんなどは「あの年長の子どもたちが全員走るリレーのあいだじゅう、ずっと順子先生はマイクでしゃべってるの、今年はこたろうが何言われるかもうそれが心配で~」、そのこたろうくん、友達との関係で瞬発力がありすぎてよく注意され、その数日前にもちょっと事件があったりしたのですが、この3年間ではじめて「こたろうすごい!」と心底驚いて「今日ははじめてほめます」だか何だか勝手なことを叫んでいたように思います。早いというより何より、ただただ集中しきってその全力を出し切って走りきっていたと感じました。こんなことを口にするのですからまあ何言われるかと心配されるのも無理はありませんが、「またあ順子先生ったら」とご了解いただけることを信じてのマイクで、今年も「百年早い」とか好き勝手なことを言っていました。でもそんなわたしも温かく見守られていつも心待ちにしていただいて、60歳になってもわたしこうして、がなっているのかなあなんて今年はふっと思った次第です。小中学生のリレーで顔を見合わせた水田先生が涙でぐちゃぐちゃになっていました。リレーで走る時、拮抗しないとだめです。競り合ってはじめて力が出る、だからうしろから走るほうが強い、ぼく一番と先を走ったことを喜ぶより、前の奴を何とか抜かしてやろう、そんなことを思って力を出せる年齢になっているのです。そういう意味で先生たちはねっこが勝つはっぱが勝つということより、いい勝負をさせてやりたい、そう願って何回かのリレーの中で一人ひとりの力を見てくることをしてきました。早いと思った子が先を走るとそうでもなかったり、あとになるとのんびりやさんと思っていたのに負けん気を出して迫っていく姿を見せる子どもがいたりして毎回が私たちの勉強になったそのリレーの時間。余談ですが長男のことを思い出しました。いつも「おかあさん、あの子はなあすごいんやで、この子はなあ」と言った具合に自分のことはそっちのけで試験の点数のいい子のことを報告してくれるのです。「あんたはね」と聞きたいところをぐっと抑えて「そう、そうなんだ」と相槌を打ち続けたこの母ですが、仲間のいいところを感心することもさることながら、前を見る先を見る上を見るそんなことをしているわが子を信じようと思ったのでした。負けたからもうしない、ではなく前を見ているその心がきっといつかいいふうに働くとも思ったからです。うしろを走ると力がもっと出る子どもたちを見ながら、自分よりもっと力を持っている存在と過ごせることはやっぱりいいことなのだとしみじみ感じていました。
ところでどんなに持てる力をだしきってもそれでも人の倍3倍と時間がかかる子どもだっています。それを少し努力すればもっと力が出る人はゆっくり力を出すともだちが、そんな力を出して走りきることができるようにカバーしてあげるのだ、そんなことを最後のころに少し話したりしました。わかったか聞いていたかどうかはわかりません。しかし、先生の指示に従って自分の番に出てきてそれぞれが持ってる力を出し切っていました。一度も勝ってはいなかったはっぱが当日はじめてリードしてテープを切りました。「愛と奇跡のリレー」だったのです。必死で持てる力を出し切った、自分の力を信じていたねっこのゆうきくんは少し不満げの様子のゴールインでしたが、力を出し切っても負けることがあるという体験を大事にしてもらえたらとも思っています。
おねえちゃんになった天ちゃん、入院中の大樹くん、お休みはあったものの、他に欠席はなくみんなでその一瞬一瞬を楽しんだ運動会でした。当日も申し上げましたが、誰もいないとめちゃくちゃ大きいトラックがみんなの入場と共にとても小さく見えました。震災後、ある年は85人の子どもたちで運動会をしました。100人、120人と少しずつ増えていったのですが、大きなトラックを用意できる幸せを心から思いました。たくさんの力に支えられました。こちらで買えば少々値の張るパーランクを送ってくれた沖縄の友人、ぽっぽさんの木の実とりの袋はオレンジのものが数個足りなくまるで同じものを縫ってくださって、今まであったもの以上にいいものを数製作してくださった高森先生、裁縫の腕にいつもお世話になっています。どんぐり集めに力を貸していただいた家庭も、虫が出ないようにいろいろ熱湯にくぐらせたり、てぶくろのポシェットのどんぐり拾いをさせてやりたいという提案を受けていっぱいの働きがありました。年長の新品のなわはこれからの冬に向かっての時期に、さんぽらったそしてぽっぽさんたちのやる気をひきだすことでしょう。そうそう、先生たちのなわとびのことを少し書いておかなくてはいけません。はじめて練習風景に呼ばれたのはたしか甲山に登った翌週でした。ダブルダッチに連続で入ることがまだ成功できなくて何度も繰り返していて、その連続で入るのが目標かな、あまり無理しないでねと声をかけました。6時くらいから練習を始めるのですからひとつ余分に仕事が加わるのです。次に目にした時は進化していて驚きました。練習中に成功すれば飛び上がって喜んでいて、実はそれくらい100パーセントいつだって、ではなかったのですが、前日子どもたちの降園後、運動場にて予行演習(おとながすべての工程を了解していて子どもを誘導すれば子どもには練習はいらない、これが公同の運動会の公式です。子どもに必要なのは毎日過ごす中で自然に力をつけていくこと)。音楽を鳴らしてあの広いところで先生たちの演技、そして成功、これなら明日は大丈夫と確信しましたが、ほんとにうまくいって練習の成果(おとなは意識しての進化に向けての努力は大事です)があって何よりでした。成果があってこそまた力が湧いてくるというものです。「俺の見せ場」なんて言っていた馬場田くんの存在が加わって今年はグレードアップした、ここしばらく恒例になっている先生たちの今年のオープニングでした。
水曜日に全員で運動場にでかけました。雨が多く室内で集まることの多かったこの秋でしたが、やっと天気で全員集合。クラスごとの輪を作り秋空、青空を見上げます。怪我で久しぶりの登園となったぽっぽのなつきくん、右腕がギプスで固められているのでおかあさんにもご同行いただきました。子どもたちの輪を見た牧田さんは「何度も練習したみたい」と驚かれていましたが、広場でいろいろな楽しみ方をしてきていて広い所で笛がなくても指示があればそのとおりに動く、そうあってほしいと願っていることが今年も今年なりにできたように思います。
それは保護者の方々もそうで、何も知らされていない中たくさんの方々の素早い行動があってプログラムが進行していきました。てぶくろ仲間140人近く、おとなのリレー100人をはるかに超えて、小中学生もおみやげが足りませんでした。おじいちゃんおばあちゃんに小さいおともだち、どれもこれも参加者の数にその迫力に、来てくださっていた甲風園や南昭和町の自治会の会長さんがたはどこの運動会も負けると感心してくださっていました。
運動会のたびごとに愛媛からお越しくださる三谷先生のご両親、最後に本部席のところまで来てくださって「今年も今年でいい運動会でした」と声をかけてくださいました。20年以上前には子どもの親としておられた場、ここ数年は働くわが子を見守る親として、その評価をうれしく受け止めた次第です。
ところで自己採点は100点ではありません。特にパーランクのことではちょっと自分の考えが甘かったと残念に思っています。午前中ずっと緊張感を持ち続けるのは子どもには少し長すぎました。午前の部の最後を飾るという演出だったのですが、かわいそうなことをしたなと思います。午前一番登場でも、これでオープニングを飾ってもよかったな、そうしたらもっと集中できたかな、部屋で鳴り響かせた時より少々力が弱くばらついたところもありました。全員ではじめて広場でやったのですから揃って出てきてそれで十分、おかあさんがたにも感激したといっぱい声をかけていただきましたが、わたしさえもう少し読みがあれば、子どもの持ってる力をもっと引き出せたのにと少々落ち込んでいるところです。でも、また、傍でお見せします。なかなかの迫力ですよ。年長さんを見てそのかっこうよさにすぐに自分たちもその気になって動きを真似ていたぽっぽさんもいっぱいいました。とにもかくにも2007運動会は終わりました。いっぱいのお互いの手のぬくもりが残っていれば何よりです。
ぽっぽさんなどはすぐに出番が終わってしまうのに、でもいつも最後まで残ってくださって皆さんで作り上げてくださるからこそいい時間になるのだと思います。たくさんの協力ほんとうにありがとうございました。
(順子先生おたより11月6日より転載)
[バックナンバーを表示する]