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小さな手大きな手

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2017年06月03週
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 それゆえ、読者は、私が見てとるころの非常に困難に思えるものを見てとったとあえて自惚れているのだとは想わないでいただきたい。私は、問題を解くという希望からというよりは、むしろ問題を明らかにしてそれを真の状態に戻そうという意図から、いくらかの推理を始め、時にはいくらかの憶測をも辞さなかった。他の人々はこの同じ道をもっと遠くまで容易に行くかもしれない。もっとも、終点に達することはだれにとっても容易なことではないのだが。
(ルソー「人間不平等起源論」序文より)

 子どもたちが2018年4月に戻ることになっている飯舘村の放射線量は「宅地の空間線量率1mの平均値は、0.79μSv/h。除染前の平均値に比べ66%低減」と発表されています。(「飯舘村の復興に向けた取組について/平成28年6月12日、内閣府原子力被災者生活支援チーム、原子力災害現地対策本部/飯舘村住民説明会資料」以下「飯舘住民資料」)。
 「飯舘住民資料」で示される平均値0.79μSv/hは、年間平均にすると6.9mSvになります。この数値はたとえば「放射線管理区域の数量基準は、我が国は年間5mSvとしている」(飯舘住民資料)を超えることになりますが、同じ資料は「放射線業務を行うに当たって放射線管理を行うことを事業者に課す基準値であり『安全』と『危険』の境界を表すものではない」と注記しています(「飯舘住民資料」、P10参考4/※3)。
 なお、注記されている(※1)〜(※4)は以下のようになっています。
(※1)「参考レベル」は、経済的社会的要因を考慮し、被ばく線量を合理的に達成できる限り低くする『最適化』の原則に基づいて措置を論じるための目安とされている」(放射線リスクに関する基礎的情報P16)
(※2)「日本の法律では、国際放射線防護委員会(ICRP)の1990年勧告を取り入れ、線量限度を設けている。ICRPでは、線量限度は牋汰粥匹鉢犂躙院匹龍界ではなく、これを超えることで個人に対する影響は容認不可と広くみなされるようなレベルの線量として設定している」
(※4)「公衆被ばくの線量限度(実効線量)である追加年間1ミリシーベルトは、健康に関する『安全』と『危険』の境界を示すものではなく、放射線を導入、運用するものに対し厳格な管理を求める趣旨から、公衆への被ばく線量を可能な範囲で最大限低減させるために採用されている」「ラドンによる被ばくを除けば、自然放射線源からの年実効線量は1mSvであり、海抜の高い場所およびある地域では少なくともこの2倍である。これらすべてを考慮して、委員会は、年実効線量限度1mSvを勧告する」(ICRP1990年勧告)。
 「注記」は、ICRP1990年勧告をもとに示される線量限度は「安全」と「危険」の境界(線)ではないと繰り返し言及しますが、ICRP2007年勧告は、少なくとも被ばくに対する防護の必要を繰り返し言及しています。
 「委員会が既に勧告したように(ICRP1990)、関連する臓器における確定的影響のしきい線量が超過する可能性がある状況は、ほとんどいかなる事情の下においても防護対策の対象とすべきである。特に長期的な被ばくを伴う状況においては、確定的影響に関するしきい値の現行の推定値における不確実性を考慮することが賢明である」
 「年間およそ100mSvを下回る放射線量において、委員会は、確定的影響の発生の増加は低い確率であり、またバックグラウンド線量を超えた放射線量の増加に比例すると仮定する。委員会は、このいわゆる直線しきい値なし(LNT)のモデルが、放射線被ばくのリスクを管理する最も良い実用的なアプローチであり、猴祝標饗А匹砲佞気錣靴い塙佑┐襦0儖会は、このLNTモデルが、引き続き、低線量、低線量率での放射線防護についての慎重な基礎であると考える」(ICRP2005、2007)。
 持って回ったような言い方ですが、ICRP勧告は「生体防護機構は、低線量においてさえ、完全には効果的でないようなので、線量反応関係にしきい値を生じることはありえない」と判断しているのです。
 人間の体は、およそ50兆個の細胞が集まって、生き物としての存在が可能になっています。その、生き物としての人間の形をもっとも生きた活動する元になるのがDNAで、それらを相互に結びつけるためにはエネルギーが必要になります。「…それらを相互に結びつけているエネルギーは、わずか数エレクトロン・ボルト(eV)にすぎません」、一方放射線は「…例えば私たちが病院でレントゲンを撮ったときに受けるエックス線は、100キロeVです」「…10万eVということになります。これは私たちの体の分子結合のエネルギーと比べると、何万倍も大きい」(「原発のウソ」小出裕章、扶桑社新書)。
 「飯舘住民資料」が「線量限度は『安全』と『危険』の境界線ではない」と、どんなに繰り返したとしても、人間を人間たらしめている「…遺伝情報は、測ることもできないような微小なエネルギーで精密に組み立てられている」のだとすれば、6.9mSvは、「安全」から「危険」へと、境界を越えた被ばくであることは明らかです。
 それが、子どもたちが戻ることになっている飯舘村です。
 「飯舘住民資料」には、説明会に先立って開催された「住民懇談会」での住民の意見の一部が紹介されています。
 「フレコンバッグの搬出はいつごろになりそうか」
 「農業用の用水路の除染をしてほしい」
 「自宅のまわりにはホットスポットがある。帰宅するにあたり除染を丁寧にやってほしい」
 「里山を除染してほしい。林業の再生に取り組んでほしい」
 「ため池、特に個人所有のため息の除染もできるのか」
 たぶん、こうした意見から想像できるのは、東電福島の事故で避難することになった飯舘村の人たちの避難前の生活です。
 飯舘村の人の意見の中で使われている「里山」という言葉からうかがい知ることのできるのは、飯舘村は人間関係の分断された世界ではなく、人間としての生活や働くことが広い歴史、伝統でつながっている、里山としての人の生活が残されていた村だったのです。それが可能であるために広く今を生きる社会ともつながっている必要がありますから、それも実践していたのが「までいライフ」の飯舘村です。
 飯舘村に大量に降り注いだ放射能の毒は、村の人たちの現在だけではなく、歴史、伝統も分断してしまいました。「飯舘住民資料」「(5)飯舘村に対する避難指示の今後の取り扱いについて」は、第5項で「…復興に向けた取組を様々な観点から総合的に判断した結果、ふるさとでの生活を再開していただける環境は整っており」整っていることを強調し、続けて「…長期の宿泊を開始し、また、避難指示の解除を決定し、帰還を希望される村民の皆様がふるさとで準備を開始できるようにするとともに、帰村に向けた見通しを示し、復興を新たな段階に進めることが必要だと考えています」とします。
 飯舘村で生きる人たちの指針であり実践である「までいライフ」の何よりの基本は人と人、人と自然のつながりでした。しかし、「(5)飯舘村に対する避難指示の今後の取り組みについて」には、中でも「人と自然」について言及されていません。なのに「ふるさとでの生活を再開いただける環境は整っており」と言ってはばかりません。飯舘の人たちの生活・環境は、人と自然のつながりそのものでした。それは飯舘の人たちの生きた歴史、伝統でもありました。そのつながりが、何一つ取り戻せないとしたら、「環境は整っており」とは言い難いのです。さらに「帰還を希望される村民の皆様がふるさとで」とありますが、飯舘村は、東電福島の事故までは、村民の多くにとって離れ難い村でした。「までいライフ」が実現した整った環境がそこにはあったからです。ですから、避難生活が続いたとは言え、村民の多くは、帰れるものなら「帰還を希望」しています。その希望が実現しにくいのは、環境が整っていないからです。放射能の毒は除染したものの、その毒が、宅地平均で0・79μSv/hであるとしたら、被ばく感受性が中でも強い育ち盛りの子どものいる家庭は、戻ってはならない場所なのです。飯舘村に「帰村に向けた見通し」があり得るとすれば、放射能の毒が1mSv/年以下になることは、そこが人と自然のつながりを何よりも大切にしてきた場所であるとすれば、決して譲れない条件です。
 「飯舘住民資料」の「(参考5)避難指示解除について」では、避難指示と避難指示の定義、意味について言及しています。
 「避難指示は、ふるさとに『戻りたい』と考える住民の方も含め、一律かつ強制的な避難を強いる措置で『避難指示の解除』は『戻りたい』と考えている住民の方々の帰還を可能にする」もので「帰還を強制されるものではありません」。
 何一つ望んだ訳ではなく、結果的には杜撰だった原子力発電所の稼働で起こってしまった事故で全村避難することになったのが飯舘村の人たちです。理不尽にも避難を「強制」されることになったのです。理由は、放射能の毒でそこが住めなくなったからです。だとしたら、その毒を降り注がせることになった、東京電力、国の事故に対する責任はあらゆる意味で厳しく追及されなくてはならないはずです。しかし、ここには「強制」に到った事実の言及はありません。そんな具合ですから避難解除される飯舘村の人たちに「帰還を強制されるものではありません」と言ってはばかりません。飯舘村の人たちは、たぶん例外なく「までいライフ」のその村に帰還したいと切に願っています。しかしそこは、「までいライフ」が生きていたかつての飯舘村ではなくなっています。たとえ帰還を強制されたとしても、0・79μSv/hの村で、「までいライフ」が破壊された村には、多くの人たちは帰りたくても帰れないのです。
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