休みの間に"失態"をいくつかしました。1日の午後、「世界あやとり紀行展」を見に行くことになって、地下鉄御堂筋行本町駅でおりる直前に、はいている靴が左右全く違うことに気が付きました。気が付いてみると、恥ずかしくてそのまま歩くという訳にはいかなくなり、たまたま見つかった靴屋さんでサンダルを買って履き替えました。3日午後、娘と六甲を少し歩くことになって、東お多福山登山口で下りるはずが、午前の芦有ゲートで下りて乗り直したりの騒ぎになり、バスの運転手や他のお客さんの失笑を買うことになりました。
というようなこともあった連休は、30日のカレーパーティーで始まりました。この一風変わった野外活動の名称は、「ぐりとぐら」「3じのおちゃにきてください」「へんなおちゃかい」などの絵本がヒントになっているはずです。カレーパーティーが始まったのは、20年ほど前の住吉川上流の五助ダムでした。御影駅から住吉霊園の西宮公同教会の墓地を通って五助ダムを往復するのはそこそこの距離を歩くことになります。春の六甲のむせかえるような新緑の中を歩くのが魅力で、"水爆弾"が飛び交うのも子どもたちには魅力なのがカレーパーティーです。そして、カレーの味が格別なのは、絵本がそうであったように、わいわいいい仲間が集まって火を焚いて大きななべでぐつぐつ煮込む様子をみんな楽しんでしまう結果、格別においしくなってしまうのです。
1日は午前中宝塚の施設で世話になっている父を訪ねて囲碁をしました。父が白で6目置かせてもらっていたのが、最近は4目で勝ったり負けたりです。父のフロアーは中・軽度の認知症の女性が大半で囲碁の相手になるような人はいません。そもそもが外部の人との接触が少ない生活で、認知が生活上どうしても必要な訳でもありませんから、強く意欲や意志を示さなくなっているように見えます。というか、最初の頃とは違って、そこにいることを了解しているのか、最近の父は"家に帰る"とは口にしなくなりました。
3日午後2時頃から歩いた、東お多福山では、道端にすみれがたくさん咲いていました。売られているすみれと違うのは、全体がうんと小ぶりで花もうんと小さいことです。しかし、しゃがみこんでよくよくその花を眺めてみると、花びらが小さくしゃきっとしている様子には風格を感じさせるものがあります。そんな六甲のすみれは今が見頃で、三つ葉つつじはほぼ花を落としていました。そして、この日のもう一つの大発見は、手が届くくらいの道端の赤松の"小まつぼっくり"でした。松の花が咲いて、受粉して小さなまつぼっくりが誕生している様子を見つけるのは初めてでした。
4日には日帰りで富山県氷見の施設の父を家族で訪ねました。到着したのが昼食を食べる時間でそれに付き合うこととなりました。おかゆをはじめ全てがすりつぶした状態の食事を自力で食べるのを、時々手伝ったりしました。鶏肉はそぼろ状、青野菜もかぼちゃもすりつぶされていましたが、"試食"した味はそのものの味でした。父の席の向かいは96歳のSさん、斜め向かいは86歳のTさんでした。Sさんは92歳の父よりはうんと元気で、食事はおかゆ以外は固形物でした。食べ終わっておしゃべりしている時(この日父はうなずいたりする以外ひとこともしゃべらなかった)、「・・・お迎えを待っている」「・・・これだけは自分でどうにもできない」と、"長命"を少なからず嘆いていました。Sさんは、向かいに座る父のこともよく観察していて、「・・・静かな人だ」と言い、丁稚奉公で始まった大阪での呉服の仕事のこと、晩年氷見に帰ることになって、今は時々ボランティアの人が訪ねてくれるなどのことも聞かせてくれました。
やり残していることをまとめてしたりするはずの連休は、こんな具合に過ぎてやはり読み残したり課題だった「夜の鳥」(トールモー・ハウゲン)、「聖母の贈り物」(ウィリアム・トレヴァー)、「ねずの木そのまわりにもグリムのお話いろいろ」(モーリス・センダッグ選・画)をなんとか読んだりしました。「夜の鳥」は少年期の子どもたちの世界、そして大人の世界との接点がよく描かれています。「聖母の贈り物」は短編集でまだ途中ですが、いずれも、人は何物かに左右されながら生きていること、そのことの了解が人生かもしれないことを印象深く語っています。そして"グリム"は、「・・・お迎えを待っている」ことの答えにはならないにしても、人生をえぐることにおいてなにものにも勝る物語かも知れません。そしてセンダックの挿絵がいいのです。
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