まだ、キリスト教の教会がカトリック教会だけだった時代の、“・・・だけ”であり得たのは、“その他”であることが許されなかったからです。ほんのちょっぴり、その他を主張するだけで、待っていたのは“火あぶりの刑”だったりしました。カトリック教会に“プロテスト”し、プロテスタント教会になった時、カトリック教会に伝えられていた宗教的儀式のいくつかを、少し簡略化して継承することになります。洗礼(バプテスマ)、聖餐、按手などがそれです。
聖餐については、その起源となったと考えられている描写がいくつかあります。「一同が食事をしているとき、イエスはパンを取り、祝福してこれをさき、弟子たちに与えて言われた。」(マルコ福音書14章22~24節)。「・・・すなわち、主イエスは、渡される夜、パンをとり、感謝してこれをさき、そして言われた『これはあなたがたのための、わたしのからだである・・・』。食事ののち、杯をも同じようにして言われた。『この杯は、わたしの血による新しい契約である・・・』」。(コリント人への第1の手紙11章23~25節)。
カトリック教会からプロテスタント教会になる“プロテスト”の最大の理由は“形式主義”でした。「・・・どうしてもキリストのからだの象徴となるものは、真のパンでなければならない。架空の存在であってはならない。さらに、キリストのからだは、ここでは、ただ与えられているというのではなく、食物としてわたしたちに与えられているのである。わたしたちを育てるのは、パンの外観ではなく、その実質である。・・・だから、わたしたちは教皇派の妄想をはねつけ、キリストのからだがわたしたちに与えられているのはどのような仕方によってか、考えてみたい・・・」。(「カルヴァン、新約聖書註解、コリント前書」、新教出版)。こうして“教皇派(カトリック教会)の妄想”と、元気に闘っているカルヴァンも、それが言い得たのは、教皇派の力が及ばないスイスだったからで、フランスに止まっていれば、間違いなく捕まって“火あぶりの刑”でした。
この聖餐のことで2007年10月22日に開催予定の日本基督教団常議員会で、「北村慈郎教師に対し教師退任勧告を行なう件」という内容の議案が提出されることになっています。北村慈郎教師は何をしてしまって“教師退任勧告”を受けることになったのか。「未授洗者へ配餐を行っている」ことがその理由です。日本基督教団の規則では、信徒のことを「本教団の信徒とは、バプテスマ(洗礼)を受けて教会に加えられた者とする」と定義しています。その定義で洗礼を受けていない者、信徒ではない者に“配餐を行なった”聖餐の仲間に加えてしまったことが、規則違反だから、それをしてしまった北村慈郎教師は“教師を退任しなさい”ということなのです。カルヴァンは「コリント前書」の註解で、聖餐のことを更に以下のように言及しています。「キリストのからだは、聖晩餐において、わたしたちのたましいに有益な糧となるため、(いわゆる)現実的に、つまり、真実に、わたしたちに与えられたのである」。教会は信者(いわゆる洗礼を受けた者)だけの集りではなく、未信者も含めた人の集りです。長い間、未信者のままの人もいます。だからその人は真実ではない、などということにはなりません。
そもそも教会は、人の真実・不真実を判定する機関ではありません。カルヴァンが“・・・パンの外観ではなく、その実質である”“キリストのからだは、聖晩餐において、・・・真実に、わたしたちに与えられた”という時、“実質”や“真実”は、与えた側によって貫かれ、それに“実質”や“真実”でもって応答することとして理解されています。聖餐で“わたし(イエス)のからだである”として配餐され、食べられるパンは、コンビニなどで売られているパンだったりします。(西宮公同教会の場合、10年位前から菅澤順子さんが“パン焼き器”で焼いたパンを食べている)。そうでしかないパンが、教会の集りで、未信者の前を“資格がない”“真実さに欠ける”という理由で素通りしてしまうのはいかにも不自然です。素通りすることで、教会の真実が貫こうとする、了見の狭さが“教師退任勧告”です。
そうではなくて、求められているのは、そこで貫かれた実質や真実を見つめ、そのことに実質や真実でもって応答することです。イエスがそうであったように。もし、人として真実を見つめ、真実でもって応答するということであれば、教会が誰かの聖餐を拒むということにはならないのです。
60~70年前、この国が“戦争”というものを普通にしていた頃の徴兵制のもとで、それを拒むということは、あり得ないことでした。法的制裁を受けるのはもちろん、それに負けないくらい思い“非国民”という社会的制裁を、本人はもちろん家族も受けることになりました。違いを許さない時代と社会だったのです。
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