加藤周一が「現代と神話」(“夕陽妄語”、2008年2月22日、朝日新聞)で、「・・・ギリシア神話にしばしばあらわれ、悲劇が鋭く追及した局面は、神(神話)対人間(個人)の争いであり、戦いである。ここでは神の欲望が人間化されるが、その意志は貫徹する。人間(英雄)の意思は、神のそれに近づくが、それほど徹底しない。したがって戦いの結末は敗北に終わる」と書いていました。細々ながらギリシア神話を読んできて、そこで繰り広げられる神と人間の争いとその結末を描く神話の、神にはなれない(ならない)人間というものについての深い洞察に惹かれてきました。「アルキノオス王よ、それはとんでもない考え違い、御覧の如くわたくし(オデュッセウス)は、広い天空にお住まいの神には姿も形も似ておりません。まぎれもなく死すべき人間の身です」(「オデュッセイア」、ホメロス、岩波書店)。
もし人が“広い空にお住まいの神には姿も形も似ておりません、まぎれもなく死すべき人間の身”であるとすれば、人は傷つけるものであり、人は傷つくものであることを了解しなくてはならないはずです。
2008年2月11日沖縄県北谷町で起こった、在沖縄米軍基地の米軍兵士による少女に対する暴行事件の後、在日米軍兵士の“基地外居住基準”が公表されることになりました。そして、今回のような事件を含め基地外に住む米軍兵士の犯罪が目立っていることから、その(基地外居住の)基準を厳格化する方向で検討しているのだそうです。だそうですが、そうして厳格化することで、米軍兵士による事件、犯罪を防ぐことになるのだろうか。と言わざるを得ないのは、起こり続ける事故・事件を、本当に顧みた結果の検討であるとは思えないからです。もし、沖縄で米軍基地と沖縄、米軍兵士と沖縄の人たちが対等に出会っているなら、多くの場合の米軍兵士による事件、犯罪は起こりませんでした。沖縄で米軍の行なう訓練のほとんどは、日本の法律はもちろんのこと、沖縄の人たちの日常生活をほぼ全く考慮することなく実施することが許されています。それは、米軍兵士一人一人が普通に生活する場合にもそのまま同じ基準で許されてきました。事件、犯罪の場合も日本の法律ではなく、米国の米軍の法律が適用されてきました。例えば、米軍兵士が基地外に出るのは全く自由ですが、沖縄の人たちが自由に基地内へ入るのはあり得ないことです。そこが基地であるからだけではなく、米軍基地と沖縄との圧倒的な力関係がそこに凝縮された結果の現実です。こんなことを是認する時に人間は何を了解していることになるのだろうか。それが、米軍兵士の場合だったら、沖縄の人たちを、同じ痛みを分かち合うこともある人間と見なかったとしてもあり得ることです。たぶん、自分もまた“死すべき人間の身である”ことを忘れてしまい、人間が人間に対して神になり、ひいては神をも恐れない、ということが起こったとしても不思議ではありません。
そんな時に、なんの足しにもならないだろうことを承知の上で、2月11日の事件について、“抗議声明”の原案を書くことになりました。
2008年2月24日
菅澤邦明
抗議声明
2008年2月11日、沖縄県北谷町で起こった在沖縄米軍基地の米軍兵士による少女に対する暴行事件に強く抗議します。
2008年2月21日
日本基督教団兵庫教区
教育部委員会
2008年2月11日、沖縄県北谷町で在沖縄米軍基地の米軍兵士による少女に対する暴行事件が起こりました。
太平洋戦争の最中、沖縄では住民を巻き込んだ激しい地上戦が行なわれ、たくさんの人たちが犠牲になりました。敗戦後、その沖縄に広大な米軍基地が置かれるようになり、60年経った今も、米軍基地の米軍兵士による事件が絶えません。なぜ米軍基地と米軍兵士による事件が起こり続けるのでしょうか。何よりの理由は、沖縄とそこで生きる人たち、そして米軍基地と米軍兵士たちとが、人として対等に出会う位置に立たないのが沖縄であるからです。沖縄が太平洋戦争の戦場となった時、誰よりも踏みにじられ戦争の悲惨を味わうことになったのは、そこで生きる沖縄の人たちでした。戦争が敗戦で終わった後、米軍基地と米軍支配の下に置かれた沖縄で、そこで生きる人たちの生活は踏みにじられてきました。今、日米の軍事による結びつきが更に強化され、日米の合意の下で、沖縄の広大な米軍基地は世界の戦争の発進基地にもなっています。在沖縄米軍基地の米軍兵士によって、沖縄で生きる人たちの人としての尊厳が踏みにじられ続けているのです。誰よりも、何よりも気が付かなければならないのは、そうして沖縄で生きる人たちの人としての尊厳を同じように踏みにじってきたのは、私たち“ヤマト”であることです。
私たちは、沖縄に置かれている米軍基地問題と基地撤去に強い関心を持ち続けてきました。今回、繰り返された事件を再び目のあたりにして、憤りと共に強く抗議します。
上記抗議声明を、在日米軍司令官及び、福田康夫首相に送付します。
[バックナンバーを表示する]