7月21日から、西宮公同教会教会学校の子どもたちのキャンプが始まります。23日までの3日間ですが、いつもの子どもたちの生活とはずいぶん違っています。朝登校し、“時間割”に従って過ごし、それに“部活”が加わる生活が1日のかなりの部分を占めている学校に比べて、教会学校のキャンプは、時間割がないだけでなく、中身もずいぶん違っています。
電車、バスを乗り継いで到着した能勢町宿野から、キャンプ場までの約4キロを“渾身”の力を込めてゆっくりゆっくり歩き始めるところから、教会学校のキャンプは始まります。その時に子どもたちの様子は、ゆっくりダラダラ歩くことに本気だったりしますから、そのことに“渾身”の力を込めていると言えなくはないのです(炎天下約4キロの道を歩くとすれば、“ゆっくりダラダラ”以外あり得なかったりするのですが)。そんな訳ですから、先頭の子どもたちがキャンプ場入り口付近に到着して座り込んで、最後の子どもたちが辿り着くまで、30分以上経っていたりします。更に、ゆっくりダラダラ歩いて、キャンプ場の中を流れる川の最初の橋のあたりに座り込んで昼食になります。
そして、食べ終わった子どもたちの誰からともなく、川に下りて水遊びが始まります。水遊びの恒例が、“渾身”の力を込めて“水爆弾”を投げ合うことです。そんな時の、水爆弾の応酬では手加減はしないことになっています。ビニール袋いっぱいの水が、誰彼相手を問わず飛び交って、そんな時間が1時間、2時間と続きます。途中で一休みするのも、途中参加もすべて自由で、小さい(低学年だ)からと言って手加減しないで、渾身の力を込めて水爆弾を投げ合う、というのがこの時の遊びのルールといえばルールなのです。
そうして、飽きるまで渾身の水爆弾の応酬をした後で、キャンプ場のチェックインをします。1日目の夕食のメニューは、“公同なべ”と決まっています。午後7時頃に夕食が終わって、12時頃が消灯で、それまでに夜食の合図があったりします。夜食は、その時に残っている食材を使って、たまたまその時そこにいた子どもたちと大人で“分配”にあずかることになります。
キャンプの二日目は、早朝登山で始まります。標高差400メートル(標高約400メートルのキャンプ場から790メートルの剣尾山)の、軽い山登りですが、前日のきつい日程と寝不足の体に、歩き始めは少しきつかったりしますが、すぐに目はパッチリ、体もシャキッとしてきます。そうして始まったキャンプの二日目は、大いそがしの一日になります。調理の全てはカマドのマキの火が燃料です。それも、朝昼晩の3度の食事の全て、必ず“火起こし”から始まりますから、時間がかかります。ずらっと並んだハンゴウから湯気が出始めて、どれが炊き上がったかの判断はなかなかうまくいきませんから、ゴッチンだったり大コゲだったりしますが、不平不満を言わないのがキャンプ生活です。
2日目の夜のキャンプファイヤーは、点火の後は渾身の力で歌い続ける、“歌うキャンプ・ファイヤー”です。教会学校の子どもたちのキャンプのことを、定義するとすれば“渾身の力を込めて遊ぶ”です。
そんな西宮公同教会の教会学校のキャンプを成り立たせているのは、もちろん渾身の力を込めて遊ぶ子どもたちです。しかし、そんな子どもたちの世界が、冷ややかに眺める大人たちの目にさらされてしまう時、子どもたちは渾身の力を込めて遊ぶということを恐らく止めてしまいます。子どもたちにとってかけがえのないはずの時間が、空虚な時間になってしまいます。
「学校という制度空間におおわれたなかで、子どもと教師のコミュニケーションの場に生じるゆがみが、最初は、小さな嘘として表れたとき、これがほほえましくも映る。しかしやがてこのゆがみから、生身の自分をいつわる嘘が広がり、最後にはほとんど渾身の嘘とでも言うべき、人生そのものをも巻き込んだ嘘に陥ることがある。」
と、書いていたのは浜田寿美男さんです(「子どものリアリティ・学校のバーチャリティ」、岩波書店)。ここで言われている“学校という制度空間”ではないささやかな教会学校のような営みであっても、“ゆがみ”や“嘘”からまぬがれ得るとすれば、渾身の力を込めて生きる子どもたちと、渾身の力を込めて向かい合うことであるように思えます。
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