どっしりした白磁の“砥部焼”が好きで、いくつか食器として使っています。昨年、砥部を訪ねる機会があって、砥部焼が愛媛県砥部町の砥石を切り出した残土を使うことで始まったこと、そもそも砥部は砥石の産地に由来していることを初めて知りました。
いくつかの刃物を生活の中で使っています。教会の集会室で簡単な料理を作る時に使う包丁は、誰かの忘れものの刃渡り27センチの牛刀です。長すぎるのですが、研いだ時の切れ味が良いので使っています。鉛筆を削るのは“切り出し小刀”です。ずっと工作ナイフで削っていました。たまたま目にした「木工のはなし」(早川謙之輔、新潮文庫)で、切り出し小刀のことを読んで、手持ちのものを研いで使ってみて、その切れ味に驚き、研ぎ直しながら使っています。そんなに高価なものではなかったはずですが、よく切れるのです(切り出し小刀は他にもう2本あります)。10年ほど前、友人を訪ねた時、町の刃物屋で、鉈を見つけました。全体が金属製で鎌の形の鉈は持ち手の部分には綿ロープが巻いてありました。名前はその地方に由来する“宍粟鎌(しそうがま)”です。以来、鉈、鎌兼用に使える宍粟鎌を愛用しています。淡路島平安荘のワークキャンプでは、切り出した竹で食器やはしを作るのに、鉈は必需品です。3月31日、4月1日のワークキャンプでは、壊れた鉈の持ち手を付け替えました。
その平安荘の竹を使って、はしを作ります。幼稚園の子どもたちが、夏に平安荘に行く時も、子どもたちが食べるラーメンのはしは、平安荘の竹林の竹で、下ごしらえをした竹の割りばしを、子どもたちは“パチン”と割ってサンドペーパーでみがき、“マイはし”に仕上げます。そんな時の、竹を割って竹を削るのは竹専用の鉈です。そんなものがあることを知って、手に入れて、愛用しています。真っ直ぐな鉈で、両面が同じ刃先になっているこの鉈は、竹を割る・へぐ時に力を発揮します。
子どもたちと六甲山を歩く時、道端の細い木で杖を作り、同じ道端の笹で
“園長ラーメン”を食べる為のはしを作ります。その時の道具として活躍するのが、海兵隊も使っていると言われる“LETHERMAN WAVE”です。ナイフが2種、のこぎり、ペンチ、ワイヤーカッター、ドライバー、ハサミなど12~13種類の刃物・道具が装備されている優れものです。山の道具屋のIBSで18,000円で買いました。20年以上前に、作者の藤本広志の名前が刻印されたフォールディングナイフを入手しましたが、ほとんど使うことはありません。
こうして持っていて使う刃物は、使いものになる為に研ぐ必要があります。いつの頃からか、5月の第2日曜になるとお母さんたちに“包丁研ぎ券”をプレゼントしています。4日間で80本くらいの包丁を研いでいます。届けていただく包丁は、100%近くがステンレス製です。ステンレスは錆びにくいこと、刃が欠けにくいなどの利点はありますが、切れ味は鋼に劣ります。比較的柔い金属であるステンレスは、大きく欠けるということはありませんが、魚の骨などには負けてしまって刃先がボロボロになってしまいます。年に一度、届けていただく包丁のほとんどは、刃先が傷んでいます。ですから、包丁研ぎは、欠けている刃先をすべて削り取ることから始まります。まず、荒砥を使って最も欠けている部分まで削り、刃先を直します。更に、中砥で刃先を出し、最後に仕上げの砥石で整えます。そんな包丁の仕上がり具合の目安にしているのが、刃先を光にかざすようにして正面を見据えた時、刃先が見えないこと、刃先で光が反射しないことです。ほぼ完全に刃先が出ている状態がそれです。
今年のように4日間で約100本近い包丁を預かり翌日に返すのは、かなりの“重労働”です。そんなことが話題になって、今年は刃こぼれの部分を削った後の包丁研ぎの仕上げで、吉岡さん(工務店を経営する大工さん)と北田さん(花ゆうの“大将”)に、協力してもらうことになりました。吉岡さんによれば、関係してきた催しで、仲間の大工さんと毎年90本くらいの包丁研ぎをしていたコーナーが、主催者の意向で中止になったそうです。一連の
“刃物”による事件が、その理由です。包丁の事件を理由に、包丁を研ぐことで家庭で料理することを手伝う催しが、中止になったりするのは、それを使う生活文化の否定であるように思えなくはありません。
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