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2009年08月05週
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 “改革”という、単純で解りやすくて、何かが起こりそうな言葉で、一つの政党が圧倒的多数になったものの、改革らしきことは起こらず、その政党の混迷が目立ちました。それが4年近く続いて、あきあきした結果の選挙で

 “政権交代”が起こりそうなのだそうです。そんなことが起こりそうだと、テレビの画面などで口角泡を飛ばして議論する人たちの薄っぺらさは、この国の政治・政権なる者の薄っぺらさそのものです。そんな選挙の兵庫8区から、知人の若者がS党から候補者として立つことを聞いたのは1年ほど前だったように覚えています。西宮などの7区はJ党の候補者をK党が応援し、8区(尼崎)はK党の候補者をJ党が応援する“協定”があって、選挙の度に対立候補を破ってきました。選挙直前になって、その8区から作家で長野県知事をしたこともあるT候補が、“予定通り”M党の推薦で立候補し、知人の若者の影はうんと薄くなってしまいました。選挙は、それで政権交代になったりしますから、“権力”の争いなのです。権力を争う選挙で、影が薄くなったりすると、薄いなりの扱いを受けることになります。若者が権力を争う選挙に挑んで、ただ影が薄いだけになってしまうとすれば、挑んだ理由が薄くなってしまいます。K党の対立候補の応援がJ党だとすれば元々若者の当選の可能性は薄かったりします。別にM党が対立候補を立てれば、若者の当選の可能性は限りなく無くなります。一年前の時点でS党で政治の選挙に挑むとしても、全く方法がない訳ではないことを、知人の若者と数回に渡って話し合ってきました。結果的には、M党の推薦のT候補が立つことになって、文字通り知人の若者の影は薄くなってしまいました。新聞などの予測では若者は「勢いが見られない」「支持の広がりは見られない」となっています(8月27日、朝日新聞)。
 

 4月頃、若者の後援会発足会の壇上からK党の対立候補のことで“ガマオヤジ打倒!”と演説したりもしましたから、今の影の薄さは少なからず残念に思っています。何よりも残念なのは、政治・選挙の素人であるはずの若者が、既成の政治の既成の言葉で語り続けているらしいことです。たとえば「国会議員として、最優先に取り組みたいことは何ですか。選挙区の課題も含め、具体的にお願いします」という“候補者アンケート”に以下のように答えています。「高齢化が進む尼崎にとって持続可能な社会保障制度の構築が緊急の課題。自殺者の1/3が60歳以上という現状を受け止め、社会保障の改革が必要だ。尼崎では県立病院の統廃合が検討されている。医療制度の崩壊に歯止めをかけ、抜本的な見直しをしなければならない」(8月25日、朝日新聞)。
 

 素人の若者が、政治・選挙に挑む時の最大の武器は素人であることです。もちろん、その場合の素人の若者は解ることと解らないこと、実践できることと実践できないことを峻別し、ただし若者がそのこと(高齢化社会)に挑む強い意志を街の人たちとぶつけ合って鍛え上げた、自分の言葉として語る時、それなりに説得力のある確かな主張になり得ます。なのに、たとえアンケートの回答であっても、通り一遍の“高齢化が進む・・・社会保障制度の構築が緊急”などと口にします。なすべきなのは、解ることと解らないこと、実践できることと実践できないことを峻別し、しかし街の人たちとぶつけ合って得た、自分の言葉としての確かな主張を引っさげ、M党に乗り込み、その権力の中枢にいるOを説得するくらいでなければ、若者が政治・選挙に挑む理由にはならないのです。何しろOのことですから、会ってもくれないかも知れません。だったら、こんな確かな主張の自分に会うことも聞く耳も持たなかったことを、町の人たちに示すだけでも、政治権力なるものに挑む一つの道は切り開かれたはずです。しかしM党は、いわば予定通り間近になってT候補の推薦を決めてしまいました。若者は、この期に及んで既成の政治の既成の言葉で、政治を語りつづけていて、当然のことながら“勢いが見られない”“支持の広がりが見られない”結果になっています。
 

 政治・選挙に挑む若者は、高齢化を問われて“持続可能な社会保障制度の構築”などとのんきなことを言っています。高齢化という定義ではなく、何よりも若者は、町あるいは施設にも足を運んで、たったの6ヵ月でリハビリ療養期間が終わり固くなっていく体をベッドで横たえる“ばあちゃん”“じいちゃん”に出会い、「私が付いてます!」あるいは「助けてー!って言っていいんだよ」と手を握り言葉を交わすくらいのことをするのが、政治・選挙に挑む若者のするべきことです。例えば町で見かけた高校生ぐらいの若者に「じいちゃん、ばあちゃんは、大切な人たちだよ。君たちのこの社会を作ってきた人たちだから。施設などを訪ねてごらん。じいちゃん、ばあちゃんのおむつを交換する人たちの手並みはさすがだよ。食事だって、君たちが手伝えば喜んでくれるよ。車椅子を押して、そこらぐるっと回る時の、じいちゃん、ばあちゃんの笑顔は素敵だよ」であるべきで、“高齢化・・・持続可能な社会保障制度の構築”は政治・選挙に挑む若者の言葉ではないのです。
 

“勢いが見られない”“支持の広がりが見られない”若者の選挙は予測されたこととは言え、29日午前中にその事務所に“差し入れ”を届けに行きます。
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