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小さな手大きな手

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2009年11月05週
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 阪急電車が、高速神戸から京都嵐山に、紅葉を見る臨時・直通電車を走らせるということを聞きつけ、幼稚園の子どもたちと出かけることになりました。電車は十三を過ぎて、一旦停車“スイッチバック”で京都に向かいました。それをしようと思えば、できてしまう線路の構造になっているのです。
 

 阪急嵐山から渡月橋をわたってすぐ左が天龍寺です。寺の庭の隅っこで、弁当を食べさせてもらえないか(拝観料なしで!)頼んでみましたが、難しいとのことでした。京都のお寺が拝観料をとるようになって、それに課税するか否かで寺と京都市との争いの事を耳にした事がありました。弁当を食べさせてもらう件は、紅葉・拝観の観光客が押し寄せていることもあり“まあいいか!”と一旦は通り過ぎたのに、追いかけるように“参道でなら!”との申し出がありましたが、“もういい!”ということにしました。
 

 この日に京都行きとなったもう一つの理由は、電車とは別に常寂光寺というお寺の紅葉のすばらしいこと、その手入れのことについて聞いたからです。駅で貰った、地図を頼りに、嵯峨野の“竹林の道”を歩いて“常寂光寺まで5分”の表示を見つけました。トロッコ嵐山駅をまたぐトンネルの先が常寂光寺でした。子どもたちは、寺の手前の小倉池添いの山田と書いた表札に続く2、3メートル幅の “私道?”で弁当を食べさせてもらいました。たまたま通りがかたおばさんが、山田邸に入っていくのを追っかけてあいさつをしたところ、“どうぞ”と許可してくれました。
 

 食後“無料であれば入りたいのだが”と(拝観料大人400円、中高生200円で幼児の項がなかった)交渉してもらったところ、“…予約してもらうことになっているが…まぁいいでしょう”ということで、子どもたちは嵐山・常寂光寺の紅葉を楽しむことになりました。トロッコ電車に乗る予定もあり、ほんのかすめる程度でしたが。
 

 その時にもらった見開き4ページの常寂光寺を案内するパンフレットに、“不受不施”の言葉を見つけました。「…文禄四年(1595)、秀吉建立にかかる東山方広寺大仏殿千僧供養の砌(みぎり)、上人(日真)は不受不施の宗制を守って出仕に応ぜず、やがて本圀寺を出てこの地に隠栖し、常寂光寺を開創する…」。この“不受不施”のことは記憶にあって「忘れられた殉教者」(奈良本辰也・高野澄共著、小学館)を本棚から引っ張り出して、およそ30年ぶりに改めて読みはじめています。法華経を最高の経典としてそれの“実践”を主張する日蓮のに始まった日蓮宗の一派が、“日蓮宗不受不施派”で、その派としての始まりは、前述常寂光寺の開祖と言われる日真もその一人ですが、中心人物は当時京都の日蓮宗の中心であった妙覚寺の“法灯”日奥(にちおう)と言われます。“不受不施”は、元々日蓮の示した仏法思想でしたが、権力者と自分の身を晒すことで対峙したのが日奥で、日蓮宗不受不施派のはじまりです。「正法(法華経)を誹謗する物に与らせず、しかも誹謗の罪を見て放置しない…」は、たとえば日蓮宗に帰依しない者を“罪”として徹底して改宗を迫り、かつ相手を選ばず(たとえ“秀吉”であっても)、日奥はそのことでは妥協しませんでした。日真も日奥も、秀吉の要求を拒み(不出仕を唱え)、自らは“寺を出る”(法灯を辞する)ことを選びます。その時、多くの日蓮宗の僧は“不受不施−法華経を信じない者には供養せず、布施を受けず−”を、宗教理念・信仰とはしたものの生きた実践とはしないで(あるいは、できないで)秀吉の“千僧供養”に出仕します。そうすることは、止むを得なかった、ということでもあったのですが、日禎も日奥もそういう選び方をしませんでした。出仕を拒んで寺を去ります。不受不施を貫く為にです。不受不施を貫く為に寺を去った、日奥は不受不施を説くことを止めることはありません。たとえば、法華経の信仰に帰依しない限り、その人たちはそれを誹謗する者“誹謗者”ですから、帰依することを求めて止まないのです。“非常識”なくらいにです。日奥を“中祖聖人”として仰ぐ不受不施派は、“過激”な言動の結果、その後弾圧と殉教の歴史を刻むことになります。不受不施は、一つの宗教の一つの教理にすぎませんが、そしてその故に弾圧の歴史を刻むことになるのですが、それが生き残り得たことを、「忘れられた殉教者」では「常識から鮮烈な衝動が生まれ、それが自分を騎動することなどありえない」と洞察しています。即ち、不受不施という“非常識”を貫いてしまった時、そこに権力はその本来の姿を晒すようにして挑みかかります。「罪を意識することではじまる存在―法華経の行者にとって、その自由とは固定するところに求められるものではない。逆に、法華経の行者であろうとすることを妨げる世界の誘惑や障害に対し、これを退けることのできる力なのだ。この力を絶えず保っており、保っていることを自他ともに確かめられる具体的な規律と心がまえ、それが不受不施ということであった」(前掲書)。常寂光寺のパンフレットには「もとより日真上人の隠栖に始まる本山の隠居処なれば、貴顕の墓とて殆んどなし」とあり、不受不施の精神は生きているとのことでした。
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