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小さな手大きな手

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2010年05月04週
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 幼稚園の畑が、カラスに荒らされる様子のことを、公同通信の“後記”に書きました。そのカラスを見かけない日も、カラスの鳴き声を聞かない日もなかったりするのが、このあたりです。住居のある、西宮市上ヶ原八番町の町内会では、先日、ゴミネットの設置の仕直しに協力しました。街中、至る所に設置されるゴミネットは新築の集合住宅の場合は、それらしく本格的なものが設置されていますが、多くはだらしなくぶら下がって、だらしなく巻かれたりで、本気なのか、本気でないのか解りにくいのです。引っ越ししてしばらく、設置に協力したゴミネットはかなり本格的でした。小さな川の柵への取り付けは、太目の“ロックタイ”を使い、広げた先端部分には軽くて軟らかいホースカバーを使い、巻き取りやすくし、巻き取ったネットを止めるのは専用のゴムバンドでしたから、巻き取った時の様子はきれいなものでした。このゴミネットは一年も経たないうちに、ごっそり無くなってしまいました。そのゴミネットのことでは、費用負担のごたごたで、以後関知しないことにしていましたが、“任せる”ということだったので、新設置を手伝うことになりました。
 

 小さな森に囲まれた、上ヶ原八番町の住宅の朝は、小鳥の鳴き声で始まったかと思うと、四方八方からのカラスの鳴き声に圧倒されて明るくなることになります。カラスが多いのです。ゴミの日、道路に沿って点在するゴミ置き場のゴミネットの様子は、町内会や集合住宅によって、それぞれ異なっています。異なっている様子は、それを出している人たちのものの考え方を、そのまま反映しているのかも知れません。通称五段坂の登り口の町内会のゴミ置き場のゴミは、毎回必ず荒らされています。“学習”ということをしない人たちなのだろうかと、首をかしげながら通り過ぎます。
 

 “学習”ということでだったら、人の出すゴミというもので、なによりも学習しているのはカラスです。その日が、その街のゴミの日であることを学習し、もしネットが張られていなかったり、ネットの張り方がいいかげんだと、その荒らし方を学習し、という具合に、人とその人の生活への、つきまとい方を油断なく学習します。学習して生かします。そのゴミを出す側の人は、ゴミをめぐってするカラスのように学習はしません。というか、ゴミを増やし続けてきました。保存のきく冷蔵庫に一杯溜めこんだあげくのゴミを増やし、保存、衛生管理のための包装材というゴミを増やし、更に調理済みの食品を分類、展示する為に、おびただしい量の包装資材を使って、結果的にそれがゴミになったり、という具合に、ゴミを増やすことがあっても、減らすということにはしてきませんでした。そうして排出され続ける、おびただしいゴミにカラスが集まって、そのカラス対策でゴミネットが登場し、それが当たり前になってしまいました。カラスはと言えば、そうして張られるゴミネットを学習して、少しでもスキがあると、つけ込むようにして荒らしまわります。そうして敵意をつのらせる人とカラスの闘いが、少しずつエスカレートしているのだそうです。
 

 「からす たろう」(やしま たろう文・絵、偕成社)の、からすたろうは、カラスの鳴き声をまねることができました。「かあさんがらすの なきごえ」「とうさんからすの なきごえ」「あさ はやく、からすは、どんな なきかたを するのか」「むらの人に ふこうが あったとき、どんなに なくか」「うれしくて たのしい ときに、どんなふうに なくか」など、からすたろうの、カラスのなきごえの“なきまね”で、「だれの こころも、ちび(からす たろう)が、 まいにち かよってくる とおい 山のほうに つれてゆかれました」。街で、ゴミの日に荒らしまわっているだけがカラスだった訳ではありません。人の営みの境界線で、生き物としてのぎりぎりの、しかしそれはそれで豊かな営みを繰り広げていたのかもしれないことを、「からす たろう」は描いてみせました。
 

 イチゴの頃に、決まって幼稚園の畑に現れるヒヨドリを、今年はほとんど見かけることがありません。だからと言って、毎日街のどこかで見かけるのがヒヨドリです。“ヒーヨ!”との声で見上げた電線に止まっていたり、幼稚園の庭の葉陰からバサバサと現れてびっくりさせられたりする、厚かましく、猛々しくて、ずる賢く見えているのがヒヨドリです。そのヒヨドリのことを「場所が違うと人柄ならぬ鳥柄まで変わってしまうのだろうか」と書いていたのは「渡りの足跡」(“考える人”No.18、2006年秋号、梨木香歩)です。「・・・用心深く、バードテラスと距離を置き、トドマツの懐深く羽を休めているその鳥は・・・ヒヨドリだった」。
 「からす たろう」のカラスや、ヒヨドリなどの野性の生き物たちは、時には猛々しかったとしても、自然の懐では多くの場合そこにしっくりとおさまっているものなのです。
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