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2010年11月01週
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本屋さんの棚で、「クロアチアの碧い海」(大桑千花 文・写真、産業編集センター)を見つけ、その“クロアチア”という名前が気になり、手にとってながめ更に買い求めることになりました。クロアチアが気になったのは、ユーゴスラヴィア(以下ユーゴ)が解体した時、最初に独立宣言をしたのがクロアチア人が多数を占めるクロアチアで、その民族国家の出現によってユーゴ内戦が始まったこと、その悲惨な戦争のことを忘れることができなかったからです。民族を固持する国家の出現は、その国の中の少数民族との争いを避けられなくなります。クロアチアで始まった内戦は、ボスニア・ヘルツェゴヴィナに場所を移して20万人を越える犠牲者の、いわゆる “ユーゴ内戦”になります。ユーゴ内戦の、政治的な引き金がクロアチアの独立宣言で、「クロアチアの碧い海」の最初に紹介されるドブロヴニクでその内戦は始まります。少なからずユーゴ内戦に関心を持っていて、“碧い海”の平和なクロアチアを紹介する本に出会って手にとることになったのは、少なからず知っているユーゴ内戦と、「クロアチアの碧い海」との違和感からだと思います。


 もとはと言えば、そんなに気にかけることをしなかったユーゴ内戦です。「サラエヴォ・ノート」(ファン・ゴイテソーロ、みすず書房、1994年)を目にして、遅ればせながら、関心を持つことになりました。ユーゴ内戦はそれが民族の戦争になってしまった時、悲惨を極めます。独立宣言をしたクロアチアの大統領トージマンと、セルビアの大統領ミローシビッチが、それぞれの交渉を譲らずボスニア・ヘルツェゴヴィナへの介入を決めたことで、内戦はボスニア・ヘルツェゴヴィナにも広がります。その包囲されたボスニア・ヘルツェゴヴィナの首都、ムスリム人の多いサラエヴォに向うところから、ゴイテソーロの「サラエヴォ・ノート」は始まります。「・・・いったい何をしに行くのだろうか」という問いを自らに投げかけながら。そこは既に知られた内戦の悲惨な戦場でした。「・・・浄化の神に無敵の聖人サヴァに捧げられる先祖返りの儀式、すなわち手足切断と集団レイプと斬首の後、住民もろとも火をかけられたイスラム教徒の村グラプカの焼け跡を見に行くのか」、「戦争の砲塔によじ登り、隣人や友人の家に魔の照準を合わせ、数秒後にそれらを砲弾で容赦なく破壊したりというモドリチャの異常な女性の姿を、双眼鏡で観察しようというのか」などのように(「サラエヴォ・ノート」)。サラエヴォの惨状に、無関心な傍観者であることを選ばなかったゴイテソーロですが、「いったい何をしに行くのだろうか」という自らへの問いを抱えながらサラエヴォへ向います。


 ゴイテソーロの、「サラエヴォ・ノート」がきっかけになって、更にユーゴ内戦についての関心が、たとえば「ゴドーを待ちながら」(サミュエル・ベケット)を改めて読むことになりました。ゴイテソーロがサラエヴォにいた同じ時に(1993年7月)、スーザン・ソンタグもそこにいました。内戦の戦争で破壊され包囲された街で、ベケットの「ゴドーを待ちながら」の芝居の演出の為にそこにいました。内戦の惨状を見る神がいるなら、その惨状を神は了解しているのかと、ソンタグは神に問います。隣りに住んでいた人と、民族を理由に殺し合い、切り取った頭でサッカーをしてしまう悲惨な戦争の現場で、人を問い神を問う時に、ソンタグにはそれが「ゴドーを待ちながら」の演出になりました。ゴドー、神の答を待ったけれども悲惨な人の現実だけが、そこでは繰り広げられ続けました。


 クロアチアの独立宣言に始まって、三つの民族が混在するボスニア・ヘルツェゴヴィナの内戦、民族浄化で20万人を越える人たちが犠牲になります。「政治的リーダーが議論での解決を放棄し、その結果、民衆の動員と対抗動員の応酬が継続的に見られ、更に大量の武器が入手可能であれば、民族紛争発生の可能性が高まる」そのままに推移したのがユーゴ内戦でした。(「ユーゴ内戦/政治リーダーと民族主義」月村太郎、東京大学出版会)。
「クロアチアの碧い海」は、クロアチアの魅力とは別に、ユーゴ内戦のことを改めて思い起させるきっかけになりました。碧い海の写真と、“今”を笑顔で過ごすドブロヴニクの人たち、レストランの「ドブロヴニク地方の郷土料理。白ワインベースのあっさりPopara(ポパラ)」の写真は、同じように美しいのですが、そこは、隣人の頭を切り取ってサッカーボールにした、悲惨の内戦の始まりの場所ではあるのです。ですから、「クロアチアの碧い海」は、行きたい場所ではなく、“記憶”ということを考え直すきっかけの本として、“残る”ような気がします。


 人が悲惨な現実を生きてしまったり、強いたりするのは、かつてあったし、今も在り続けています。たとえば今、パレスチナで生きる人たちの日常の悲惨のように(「パレスチナ・そこにある日常」高橋美香著・写真、未来社)。最近、一冊にまとめることになった小さな本の冒頭に、7月に亡くなった父の悲惨な戦争についての文章をおくことになりました。伝聞を、それ以上深めることのできなかった文章ですが。
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