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小さな手大きな手

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2010年11月03週
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 景気が悪くって、お母さんの働く機会を作る必要があって、子どもを預かってくれる施設の必要が増えるものの、それが間に合わなくて待機児童の問題が解消しない為、その対策が急務ということで提案されたりしているのが、幼保一元化であったり、保育ママ制度であったりするようです。国などの補助対象になる「家庭的保育(保育ママ)事業」については、整備条件の緩和や対象年齢の引き上げなど、預け、預かりやすくなるとのことです。
こうした制度が検討され、提案実施に移されるにあたって、人という生きものの子育て、育児にあたっての基本がほとんど全く考慮されていないように思われるのは、環境整備などのことが便宜的にしか言及されないからです。「ヒトは脳が大きく、子どもの成長が遅い。さらに、おとなの生計活動が複雑で、食料獲得技術をマスターして一人前になるまでに長い年月がかかる」、だから「自らは繁殖をしていない個体である」「上の兄姉」、そして「老人」がヘルパーとして嶋齔l前狽ノなる手助けをします。「つまり、ヒトの個人の繁殖可能期間は比較的短いが、その子育てには、繁殖開始前(上の兄姉)と繁殖終了後の多くの個体がヘルパーとして重要な役割を果たしている」。(以上、「進化的人間考4、ヒトの子育て/ヒトは共同繁殖」長谷川眞理子、UP、2010.11)。更に「親の役割はもちろん重要だが、『子どもは社会で育てるもの』という考えは、一つの政治理念や社会思想ではなく、ヒトの生物学的特性なのだと理解するべきだろう」とも言われています(前掲書)。


 たとえば、教会、幼稚園の前を流れる津門川のコイと、人では、その盗カ計活動狽ノ違いはないと思っています。津門川のコイは、投げ込まれたパンくずであっても、競いあってパクついています。もちろん、それだけでは足りなくて、川魚の小さいものから藻などまで、なんだって食べて生きています。しかしそれは、川の中で見つかるものに限られるし、代々のコイが同じようにしてきました。人の生計活動は、その生物学的特性、とたとえば二足歩行をしたり、言葉で伝達したり、自らは空を飛べなくても、飛べる道具を作り出したり、良くも悪くも思考ということをしたりの特性で、生計活動を広く豊かにすると同時に、それを身に付けるという意味では長い年月がかかってしまいます。更に、まだまだ幼い人の場合の、子育て・育児の世話には「食事を与えること、危険を回避すること、しつけ、教育などなど多くのことが含まれ」ることになっています。という、人の生物学的特性を引き受けて、人の子育てを担ってきたのが、たくさんのヘルパーたちなのです。この場合のヘルパーとして見逃してはならないのが自然で、即ち人以外の生きものたちとの出会いです。たとえば、一緒に歩いていた子どもが道端で見つけた一本のタンポポも、子育てのヘルパーになり得ます。子どもたちは、一本のタンポポに出会って“なぜ?”を乱発します。“どうしてそこにあるのか、どうして黄色いのか、いつまで咲いているのか、夜は昼は、何を食べるのか、お母さんは、お父さんは、どこから来て、どこへ行くのか・・・狽ネどという、子どもたちの“ナゼ”は、実は道端の一本のタンポポからの問いかけでもあって、その場合のタンポポは、子育ての重要なパートナーでもあるのです。という重要なパートナーの助けもあって初めて、人の子育ては実現していると言えます。同時にそれは「ヒトの生物学的特性」でもあるのです。
たとえば幼保一元化とか、保育ママ制度で理解されている子育て、子育て支援には、そんな意味での人という生きもののことが、議論されたり考慮されたりしているようには思えません。


 「進化は、存在するさまざまな異変の中の適応度の違いによって生じるのですが、変異そのものは、目的もなく、ランダムに作られてるだけで、生物自身が、その目的に応じた変異を、都合良く作り出すことはできないのです」(「進化と人間行動」、長谷川寿一、長谷川眞理子、東京大学出版会)と言われる生物である人は、都合良くいじくって、都合良く生きのびていくという生物ではないのです。


 いわゆる“保育ママ”の「家庭保育事業の実施について」という、厚生労働省雇用均等・児童家庭局長“通達”の「家庭的保育事業ガイドライン」によれば、「実施場所 (4 .保育を行う専用居室の基準等」の「保育を行う部屋は、面積9.9平方メートル以上(2人まで)3人を越える乳幼児1人につき、3.3平方メートルを加算」で、「設備」については、便宜的に付近の公園等となっています。生物である人が育つのは、そうした便宜的な人の配置や空間ではなく、それがどれ程であっても足らないやっかいな、しかし付き合えば付き合うほど面白い育ちをする生きものであることを、引用した“都合よく作り出すことはできない”という言葉が指し示しています。 height=1
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