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2011年03月02週
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 マタイ受難曲を、演奏会で始めてしかも全曲を聞く機会がありました。マタイによる福音書が、 “進行役”(テノール)になって、イエスの受難が歌われます。受け付けで手渡された“日独対訳”を目で追い続け、目をこらし、耳をすます3時間でした。イエスの受難が描かれているマタイによる福音書は、2ページそこそこです。


 マタイ受難曲で繰り返される合唱には聞き覚えがありました。手元の讃美歌では、「ちしおしたたる…」で始まる136番です。キリスト教と出会って、洗礼を受けた20代前後に聞いたり、歌ったりした讃美歌です。イエスの最後を“受難”でくくり、ゆったり、ねっちり歌ったりするのが気になり、最近はほとんど歌うことはありませんでした。マタイ受難曲は、古いレコードの時代に、今も手元に残っているもので、一部を聞いたことはありましたが、讃美歌136番「ちしおしたたる…」が合唱だったことも覚えていませんでした。弦楽器、合唱、テノール、カウンターテノール、ソプラノなど合わせて50人以上が一体となって歌い演奏する様子に、それが(マタイ受難曲の生演奏を聞く)初めてであった、ということもありいい経験になりました。


 イースター・復活がテーマの、3月の「ゆっくりと聖書を読んでみませんか」では、讃美歌136番を含め、5つの讃美歌で短くイエスの生涯をたどることになりました。5番目の148番「すくいのぬしは…」復活を歌った讃美歌です。2節は「十字架をしのび ハレルヤ、死にて死にかち ハレルヤ、生きていのちを ハレルヤ、ひとにぞたもう ハレルヤ」となっています。十字架で死んで、死に勝ったイエスは(その物語は)、讃美歌で歌われ、歌でも人の心に刻まれてきました。


 須賀敦子がいくつかの文章で書いているエマオスは、ルカによる福音書24章13〜15節のエマオです。「この日、ふたりの弟子が、エルサレムから7マイルばかり離れたエマオという村へ行きながらこのいっさいの出来事について互いに語り合っていた。語り合い論じ合っていると、イエスご自身が近づいてきて、彼らと一緒に歩いて行かれた…」に由来します。即ち、“死んだイエスが復活して一緒に歩く”ことを、廃品を回収して得た資金で生活困窮者を支援する働きにつなげたのが、須賀敦子の書く“エマオス運動”です。弟子たちが、復活のイエスと出会ったという聖書の物語を名称にした、善意の人たちの運動なのです。十字架で死んで、死に勝ったイエスの物語は、ゆるやかにじわじわと、後の人たちの生活や働きに広く影響を与えてきました。マタイ受難曲は、歌と演奏で、歌い手や演奏者はもちろん、聞き手を感動させてきました。エミール・マールの「キリストの聖なる伴侶たち」(みすず書房)だと、以下のようになります。「…今ここで私たちの関心の的は、今日批判的な研究がどう考えるかではなくて、中世の人々がどのように信じていたかなのである。批判は一つの芸術作品も決して生むことはなかったが、伝説は、幾百の作品に霊感を与えた。そして、私たちの主題も芸術なのであって、批判的解釈なのではない。」


 いわゆるイエスの受難についての聖書の記述によれば、その時のイエスは“孤立無援”でした。「…他人を救ったが、自分を救うことができない。あれがイスラエルの王なのだ。いま十字架からおりてみよ。そうしたら信じよう。彼は神にたよっているが、神のおぼしめしがあれば、今、救ってもらうがよい。自分は神の子だと言っていたのだから…」と“嘲笑”されています。そして、『エリ、エリ、レマ、サバクタニと言われた。それは『わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか』」と叫んで、十字架で絶命します。


 イエスの周囲には行く先々で、たくさんの人たちが集まっていたことを、マタイによる福音書も伝えています。「…その日、イエスは家を出で、海べにすわっておられた。ところが、大ぜいの群衆がみもとに集まったので、イエスは舟に乗ってすわられ、群衆はみな岸に立っていた」(13章1、2節)。「イエスはそこを去って、ガリラヤの海べに行き、それから山に登ってそこにすわられた。すると大ぜいの群衆が、足、手、目や口などが不自由な人々、そのほか多くの人々を連れてきて、イエスの足もとに置いたので、彼らをおいやしになった」(15章29、30節)。“弟子”と言われる12人のことも伝えられています。ところが、捕えられて十字架で処刑された時、イエスは全く“孤立無援”でした。「…ゆっくりと聖書を読んでみませんか」の案内で、そのあたりのことをマルコのよる福音書16章1節以下を手がかりに書きました。「…その人・イエスについての“その後”は、完結した何かとしてではなく、たとえば、…読み手にゆだねられている」と。“受難”と定義されるイエスの死は、どこか“余所事”なのです。讃美歌148番2節は「…主の死によりて、すくいはなりぬ」、即ちイエスの死によって“私たち”は救われるということなのですが、都合がよすぎるように思えなくはありません。マルコによる福音書は、墓が空っぽだったので「おののぎ恐れながら、墓から出て逃げ去った。そして、人には何も言わなかった。恐ろしかったからである」で終わります。それはそれで、十分に大切な問いかけではあるのです。
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