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小さな手大きな手

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2012年01月04週
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 2011年3月11日の、東北の大地震・大津波の、そして原子力発電所の事故の後、中でも原子力発電所の事故を意識したいくつかの言葉・小説を読んできました。ここで言う“意識した”は、誰もどんな手だてを持ってしても放射能の放出を止めることができない恐怖と人間の無力に向かい合って、言葉・小説を書くと言う意味です。「神様2011」(川上弘美、群像2011.6)、「恋する原発」(高橋源一郎、群像2011.11)、「馬たちよ、それでも先は無垢で」(古川日出男、新潮社)、「スウィート・ヒアアフター」(よしもとばなな、幻冬社)などです。川上弘美の1993年の「神様」と「神様2011」の違い、書かれる必然性は、「部屋に戻って干し魚をくつ入れの上に飾り、シャワーを浴びて丁寧に体と髪をすすぎ、眠る前に少し日記を書き、最後に、いつものように総被曝線量を計算した。今日の推定外部被曝線量・30μsv、内部被曝線量19μsv・・・」を、生活の事実として描くことです。高橋源一郎は、新聞の“論壇”で徹底して原子力発電所の事故を意識して発言し、連載中の「日本文学盛衰史/戦後文学編」(群像)を、それを意識して書き、「恋する原発」では、戦後文学のあれこれから、原発を読んで一つの文学の形に集約させています。「馬たちよ、それでも先は無垢で」は、原発事故で“放れ駒”になり、被曝した馬たちに託して現実を語る時、その(被曝する)現実のみが、言葉を刻むことが、今日であり明日であり得る覚悟だとして描きます。古川日出男は、福島中通りで生まれた小説家です。「スウィート・ヒアアフター」では、あとがきで著者本人が「とてもとてもわかりにくいとは思いますが、この小説は今回の大災害をあらゆる場所で経験した人、生きている人、死んだ人、全てに向けて書いたものです」と書きます。「とてもとてもわかりにくい」は、「この小説」よりは、死者15,844人、行方不明3394人という事実、原子力発電所の事故の人間の無力という意味のわりにくさで、そのわかりにくさを解く手がかりが小説の言葉です。たとえば、「・・・この小説は今回の大地震をあらゆる場所で経験した人、生きている人死んだ人、全てに向けて書いたものです」と“あとがき”で書く時、今日、そして明日を生きる手がかりは、たとえば「人の心の中のいい景色は、なぜか、他の人に大きな力を与える」だったりします。あたりまえではなく、“なぜか”と書くところが、「スウィート・ヒアアフター」の説得力です。人の心の中のいい景色は、それがその人の心の中の景色であってみれば、「他の人に大きな力を与える」ということになりにくいのです。ですから、そんなことが起こり得る、あり得るとしたら「なぜか」と問うよりありません。「なぜか」ではあっても、それは起こらない訳ではありません。それが起っていることを、小説の中のさりげない言葉のやり取り、その時の言葉で描きます。
 「スウィート・ヒアアフター」の冒頭で引用されているレナード・コーエンの「恋人よ」では、「ラバーラバーラバーラバーラバー/恋人よ、愛する者よ、私のもとに戻ってきなさい」が繰り返されます。“恋人”“愛する人”を失う、ないしは奪われてしまった時、「ラバーラバーラバーラバーラバー/恋人よ、愛する者よ、私のもとに戻ってきなさい」という呼びかけは、そう呼びかけ続ける限り、全く終わりということにはなりません。歌は、終わりにはならないことを暗示するように、「ラバーラバーラバーラバーラバー/恋人よ、愛する者よ、私のもとに戻ってきなさい」を繰り返し繰り返し歌います。
 「私」は「彼」を、車の事故で亡くします。車の事故は、何時でも何処でもありそうで、まさしく、ありそうな事故が現実になって、彼だけが亡くなります。“恋人、愛する者”は、戻れない所に行ってしまいます。戻れないところに行ってしまった彼は、もちろん戻ることはできません。その喪失は、何によっても変える、代わることはできません。しかし、そこに言葉が介在する時、喪失はほんの少しだけ埋まらなくはありません。「スウィート・ヒアアフター」が「共有していた時間の長さが私たちを親密にしていて、心からくつろいだ時間を惜しむようにして過ごした」と書く時、「私たちを親密にする」ものがあり得ることを、言葉で納得させます。もし、人がそのようにして親密であったとしたら、そんな時を人が持ち得たとしたら、他の何を失ったとしても、全てを失ったということにはなりにくいのです。
 「夜道が急に切なく見えた。星空がせまってくる感じ、そうそう、こういう気持ちだった、人と手をつないで歩くのって。景色が急にひとりぶんじゃなくなるんだよね。少し前には当たり前だったことがこんなに懐かしいなんて」(「スウィート・ヒアアフター」)。亡くなった事実としての喪失は、何によっても埋めることはできません。しかし、もし、「人と手をつないで歩くのって、景色が急にひとりぶんではなくなった」ことを、生きたのだったとすれば、たとえば残って生き続けることが、全く不可能ではないことを思わせる力になります。それが、「スウィート・ヒアアフター」を福島と福島の後を生きる言葉・小説としても読める現実のように思えます。
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