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2012年04月02週
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 4月2日〜3日は、平安荘ワークキャンプでした。参加したのは、小学校新5年生以上17人、大人13人、トラック現地移動、迎え用車両2台(運転者2名)などでした。2日はほぼ予定通り安乎の海を歩き、砂浜でワカメを集めたり、岩場でワカメを採り、マキストーブ用の流木を集め、夜はそのワカメと摘んできた野草などで、天ぷらたっぷりの夕食になりました。
 3日は、予報通り早朝から荒れ模様でしたが、予定のかざ車、ひまわりの種を植えるなどのワークを終え、12時30分頃キャンプ場を出て、これも予定の“もへいじ”でのうどん、例年通りいかなごのおみやげを買いに中原水産に寄りました。その後、“バス組”を送りに、洲本バスターミナルに行ってみると、強風で明石海峡大橋が通行止めになっていることが分かりました。ターミナルで、バス会社に確認をとったところ、バスの運行は再開の見通しであること、最終便は8時であることを確認し、“バス組”をターミナルに残し、車両組は出発することになりました。午後2時30分くらいのことです。津名一宮インターチェンジから高速に入り、順調に走っていたのですが、走る車が左右に揺れる強風でした。大橋まで3〜4キロの東浦を過ぎた橋の上で渋滞、停止した時も、強い風はそのままでしたが、青空が見え始めていました。3時過ぎのことです。明石海峡大橋が通行止めなら、神戸方面に向かう車は渋滞、停止になることは分かり切っていましたが、東浦を過ぎて、実際にそうなるまで、のんびり車を走らせていたことになります。そして、渋滞、停止になってしばらく経って、乗っていた子どもたちの“お手洗い”のことが心配になり始めました。その頃(午後4時頃)には、既に淡路ハイウェイ・オアシスの方に向かって、側道を歩きだす人も出始めていました。高速道路は、一旦入って渋滞、停止になってしまうと、引き返すことはもちろん、“お手洗い”などの用を足すのも難しくなってしまいます。それは、中でも子どもたちや高齢者にとって深刻な問題になります。
 キャンプの参加者も、“お手洗い”のこともあった為、歩き出した人たちに混ざって、3〜4キロ先のハイウェイ・オアシスまで歩いて、車が動き出した時点で、そこで合流することになりました。
 渋滞で車が止まってしまい、5時を過ぎ、6時を過ぎても、強風と更に雨も加わり、通行止めが解除される様子はありませんでした。その強風、雨の中を、子どもをおんぶしたり、おじいちゃんとおばあちゃんが支え合うようにして行き来する様子と、下り線の淡路ハイウェイ・オアシスが空いているという情報で、しかも、淡路の場合上下線のハイウェイ・オアシスがつながっているはずだったことを思い出し、その“開放”を交渉してみることになりました。その時点で、携帯電話の残りの電池は1/2くらいだったのですが、先頭車両から、ハイウェイ・オアシスで調達した充電器が届いた為、それもなんとか可能になりました。
 まず、110番に電話したところ、(兵庫県全域の110番がそこに集中することになっているセンター)担当者が、“申し訳ないが、各地で強風による事故が多発しているので、対応が難しい。最寄りの警察署に連絡してほしい”ということで、淡路警察署の電話番号を教えてくれました。ところが、返事は“現在は使われておりません”でした。で、104番で明石海峡大橋の管理会社を問い合わせたところ、日本道路交通情報センターの電話番号を教えてくれました。教えてくれた本州四国連絡高速道路会社のお客様センターの電話番号で問い合わせたところ、“本日の業務は終了”、“♯9910.1.2.を押してください”との案内で出てくれたのが、神戸淡路鳴門自動車道路神戸管理センター、交通管制室のカマタさんでした。そこで、下り車線のハイウェイ・オアシスの開放のことを相談してみたところ、そのことは警察と検討・協議中だとのことでした。ということで、あっちこっち電話を回している間も、暗くなった側道を、強風(少しおさまっていた)、雨の中、子どもをおんぶした家族連れなどが行き来していました。
 そして、8時を過ぎた頃、反対車線を明石海峡大橋の通行が間もなく解除されることを、スピーカーで知らせる車が走り去っていきました。それから、更に1時間近く経った9時頃に、渋滞、停止していた車が、ぼちぼち動き始めました。その頃にもまだ、側道を歩く人たちがいました。
 そんな状況で、“バス組”は、その日の最後のバスも運行されないことが予想された為、洲本で一泊(ホテル)することになり、3台の車の最後が教会に帰って来たのは、午後10時を過ぎていました(トラックの運転手は、渋滞、停車中の約7時間、車から離れることができませんでしたが、お手洗いをどうしたかは“秘密”です)。
 4月3日の明石海峡大橋の通行止めは、渋滞で停車中になってしまった高速道路というものは、車が速く走るようには出来ていますが、人間の生活の速度ということでは、それが全く無視されていること、長時間にわたる渋滞、停車になった場合、ほぼ誰からも、どこからも助けは来ないということを知る体験になりました。
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