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2012年07月01週
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朝日新聞社東京本社 論説委員室様

 東京電力によるこの度の「福島原子力事故調査報告書」をめぐり、6 月22日の社説に書かれていた、「東電事故調査、この体質にはあきれる」について、見解を述べさせていただきます。
 この「事故調査報告書」について、「自己弁解と責任転嫁」「外からの批判には細かく反論する一方、都合の悪いことは避けている」「責任を逃れるための東電が情報を都合よく扱っている」「今後の教訓を引き出さない」「会社を守ることを優先させる企業」など、その一つ一つが妥当な指摘であると思われます。
 しかし、こうして発表された「事故報告書」に向かい合って一定の批判をする時、それが通り一遍のもので終わってしまう時、結果的には東京電力の思惑通りになります。東京電力が事故の事実をえぐらないなら、あり得ない事故の状況を生きることになった私たち一人一人が、力の限り事故の事実に肉迫することが求められるように思えます。放射能汚染という、未来を生きる子どもたちに、決定的な影響を与えることになった出来事・事件なのですから。
 その意味で、こうして“社説”を書く新聞社に求められているのは、新聞社の持っている力を結集して、東京電力が提出する事故報告書(予想通り“この体質にはあきれる”)を超える、新聞社としての事故報告書を準備することであるように思えます。“この体質にはあきれる”電気事業者であったからこそ、東京電力福島第一原子力発電所の事故は起こってしまったし、事故報告においては、“あきれる”以外の報告書は期待できなかったのですから。
 提案させていただいている、新聞社としての事故報告書は、たとえば、この「福島原子力事故報告書」及び「添付資料」を、それなりに克明に読むだけで、報告書として取り上げるべきことの大半は明らかになります。社説の指摘する「…都合の悪いことは避けている」の一つ一つを示し、それがなぜであるかを明らかにするだけで、「事故調査報告書」の「責任逃れ」のかなりの部分を白日のもとにさらすことになるからです。
  報告書として取り上げるべきことの大半は明らかになります。社説の指摘する「…都合の悪いことは避けている」の一つ一つを示し、それがなぜであるかを明らかにするだけで、「事故調査報告書」の「責任逃れ」のかなりの部分を白日のもとにさらすことになるからです。
 もし、「東電事故調、この体質にはあきれる」と、社説で書く新聞社、朝日新聞社に、新聞社としての矜持があるなら、ただ「…体質にはあきれる」と書くだけでは済まないはずです。独自の事故報告書をまとめることが、ただの批判ではなく、“あきれる”を徹底して糾すことになります。東電事故報告書でもない、政府、国会事故報告書でもない、他の民間事故報告書でもない、新聞社・朝日新聞社としての、それこそが責務であるように思えます。
 「原発は、こういう会社が運転していたという事実を改めて肝に銘じておこう」と語るだけでは、繰り返しになりますが、取り返しの付かない禍根を残した東京電力を利するだけになります。
2012年6 月27日
兵庫県南部大地震ボランティアセンター
(代)菅澤邦明
西宮市南昭和町10−19
アートガレーヂ内

〈追〉民間のきわめて限られた条件のもとではありますが、たとえば、新聞(朝日新聞・福島民報)を手がかりに、事故の事実を追いかけてきました。東京電力による「福島原子力事故調査報告書」の本文及び添付資料に目を通し、その「検証報告書」(“じしんなんかにまけないぞこうほう”NO.142)を、大急ぎでまとめました。この程度のまとめでしかありませんが、事故はもちろん、事故後の東京電力、国などのその時々の発表・報告を許せない思いで、見かつ聞きしたことを、未来を生きる子どもたちへの強い関心から、一人の人間の矜持として全力を注いでまとめたつもりではあります。
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