30~40年前、少しだけ北アルプスや南アルプスなど日本の高い山を歩いたことがあります。体力に自信がありませんでしたから、明るくなる前に山小屋を出発し、日差しが強くなる前、昼過ぎには次の山小屋に着いてしまう、というような山歩きでした。しかし、昼を過ぎる頃になると、朝の天気がウソのように、北側から吹き上げる風が呼んでいるかのように雲が流れはじめ、気温も急に下がってきます。
8日に年長の子どもたちと、阪急御影駅から、住吉霊園、石切道を歩いて、陵雲台に歩いた時、住吉霊園の西宮公同教会共同墓地でひと休みした10時15分頃、見上げる六甲も、神戸、大阪方面のどこを見ても、文字通り“一点の雲もない”晴天でした。石切道に入る前の午前11時15分に昼食、11時45分に出発し、すべて登りの道を歩いて午後1時に陵雲台に着く頃に気付いたのは、雲が流れ始めていたことです。住吉霊園からは、ほぼ一緒に先頭を歩いていたKちゃんに、思わず「雲、発見!」と声をかけていました。完璧な快晴だった空のどこから雲がわいてくるのか?。8日の六甲は兵庫県南部の天気予報では「晴れマーク」でした。予報が外れたのは、午後1時頃には雲が多くなったことです。ただし、それは六甲の頂上付近だけだったようです。六甲の南側からの、朝からの晴天で気温の上がった湿った空気と、北側からの冷たい空気がぶつかって雲になった、たぶんそんな具合なのだと思います。冬の晴天の日に気を付けて六甲を見上げていると、そんな山と雲の様子が繰り返されています。
8日の石切道では、予想以上に咲いているのじぎく(そしてほんの少しのあざみ)を見かけることになりました。幼稚園の庭の桜は少しだけ黄色くなって落ち始めています。住吉川、そして大月地獄谷沿いのバス道の桜は、紅葉して落ち始めています。六甲は秋が深くなっているのです。林道を歩いていても、石切道を歩いていても、すべては秋の色です。桜はもちろん、さるとりいばらの実も真っ赤です。落ちているツタの葉も鮮やかに紅葉しています。食べ残して干からび始めているあけびの葉っぱも黄色っぽくなっています。ほんのたまにしか見かけない柿は、葉っぱも実もオレンジ色です。山桜が点在して咲く、春の六甲のそれが楽しみの一つです。たまに見かける六甲の柿、山桜が山肌に点在する“犯人”は鳥たちのはずです。ついばんだ実と一緒に種も呑みこんでしまい、その時の糞が落とされたあたりで、うまく芽を出して思いがけず柿、山桜が点在するという具合なのです。しかし、柿の種は大きい分、それを食べて種まで呑みこんでしまう大きな鳥は少なく、木も少ない、ということになったように思えます。
そうして、様々に紅葉が始まっている六甲で、住吉霊園までの道、霊園の中を貫く林道、石切道のどこを歩いていても、目につくのが白い花ののじぎくです。別にうすい紫で花びら巾が少し広い花、黄色っぽくて花びらが細い花、花びらの色の紫が比較的濃い花など、たぶん同じきく科の花が道沿いに見つかります。中でも白くて花びらの細いのじぎくは、特に住吉霊園の貫く林道、石切道の道端のどこを歩いていても見つかります。たまに広がって咲いていることもありますが、その多くは2,3本、中には1本だけ、先端に2~5個くらいの花を付けて咲いているという具合なのです。
住吉霊園までのバス道では、石垣と山の斜面の境目あたりに、自分の居場所を見つけるように、2,3本、5,6本と咲いていたり、林道沿いでは、わずかとは言え人や車が通るのを避けるようにして、しかし藪から抜け出すようにして、点在するように咲いています。石ころが多かったり、一方が斜面、一方が谷で道が細くなっていたり、繁っている木の影になったり、与えられた条件で、同じのじぎくなのに花の大きさなどただずまいのすべてが違ってしまいます。日当たりがよくて、たぶん土にも恵まれたのじぎくの花は親指よりも大きく、白い花が輝いて見えます。一方、日影に近いところの道ばたののじぎくは、花の大きさが小指の先ぐらいと小さくなってしまいます。しかし、目を近づけてみると、白い花の色は日当たりの良い大きな花と遜色はなかったりするのは、条件が悪い時には、花を咲かせる時の強い意志が、そうさせているのかも知れません。
すべてが秋から冬への準備が始まっている六甲で咲く花と言えば、ほんの少し遅れて咲いている、野あざみと、御影から(実際には白鶴美術館)石切道を昇り切った標識までの5.5キロ、そこから陵雲台までの1キロ、そのすべての道端で、それぞれのたたずまいでのじぎくと同じように今の時を待って咲く野性のきく科(たぶん)の花です。たまに、山歩きの人の足で蹴られたり、踏まれたりしながら咲く花の代表の一つがのじぎくです。
11月8日、住吉霊園からほぼ一緒に先頭を歩いていたKちゃんのことを一言。石切道で特に厳しいのは、林道から外れてすぐの急な登りです。そこが石切道であるとの表示板のあったあたりからの登りも急で、登り切ったところに「白鶴美術館5.5キロ、六甲山頂1キロ」(最高峰の931メートルではなく、陵雲台約850メートル)の標識があって、残りは陵雲台直下のジグザグのやはり急な登りです。そんな登り道を、すぐ後にKちゃんの息づかいを聞きながら、時には涙が加わっての息づかいを聞きながら、頑張れとは口にしなかったのは、決して遅れることもなく、弱音を吐いているようには見えなかったからです。陵雲台にたどり着いた時に、2人だけのハイタッチをしました。(たぶん、そんなには長くない人生で、この時“二人”で歩いた時のことは忘れないと思います)。
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