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小さな手大きな手

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2012年11月04週
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 2011年3月11日の、東北の地震、津波、そして東京電力福島第一原子力発電所の事故の後、頻繁に発行することになった「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」は、2012年11月21日現在188号です。もともとの「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」は1995年1月17日の兵庫県南部大地震の後、その現場での生きた報告として書き始め、被災した人たちの生活の変遷を追うように書き続けることになりました。そこで得た考え方、見方で周辺を見つめたことを“号外”として断続的に発行してきました。その“号外”で、2000年1月17日〜2002年5月17日までの分を、小さな一冊にして発行しています。2000年1月17日発行の号外は、1999年9月30日に、茨城県東海村の民間ウラン加工施設JCO東海事業所で起こったウランの臨界事故のことを、起こったその日から、全身被曝したOさんが亡くなる、同年12月21日までの83日間を、その時の新聞(朝日新聞)の記事をもとに、延々と“追求”しています。
 2000年3月9日の“号外”は前年8月に起こったトルコ西部大地震と、そこを3回見に訪ねた報告、2000年4月28日の“号外”は、3月31日に噴火した有珠山のこと、かつて(今も)自然と自然災害の中で生きてきたアイヌの人たちのことを言及しています。
 1995年1月17日の兵庫県南部大地震の後で書き始めた「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」は、それが現実の体験であったことから、その考え方、見方がずいぶん鍛えられることになりました。その後、断続的に書いてきた“号外”を10年余り経って読み直してみる時に、そんなにとんちんかんには思えないのは、鍛えられたことが生きているからだと思えます。たとえば、JCOの事故についての言及がもとになって、東京福島の原子力事故による放射線による被曝を、軽く見せようとするどんな働きも見逃しはませんでした。放射能による被曝が、放射線が人体を貫いて、人体の奥深くまで細胞を壊してしまった時、再生の力を失って、すべてが壊れるようにして、その人の命を奪わずにはおかないのです。何よりも残酷で悲惨なのは、そうして死んでいく人に対して、手のほどこしようがないことです。そうしてOさんやSさんに起こったことが、その残酷さ悲惨さの度合いは異なるとしても、東京福島の事故で被曝する人たちに必ず起こってしまいます。2000年1月17日発行の「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」は、現在東京福島の事故で起こり続けることを、既に起こったこととして、克明に報告しています。それは、1995年1月17日の後、「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」で書き続けた、考え方、見方があったからこそ可能になりました。
 この「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」がもとになって、発表が可能になり、別の小さな冊子になったのが、「兵庫県南部大地震から11年のセミナー、起こり続ける自然災害への取り組みを検証する/私にできることは、ただ考え続けることだけだった。この場所の彼らの悲惨を」です。小さな冊子ですが、起こり続ける自然災害の事実を、それぞれに、それが何であったのかを、そんなに外さずに記述しているように読めます。
 小さな小冊子では、体験から始まった、兵庫県南部大地震から、2005年10月7日のパキスタン大地震までのことが、軌跡を描くように言及されています。冒頭に引用し、そして小さな冊子のタイトルにもなる「私にできることは、ただ考え続けることだけだった。この場所の彼らの悲惨を」(ワシントンポストのカメラマン、アンドレア・ブルース)は、自然災害を突きつけられた時の、人間として取り得る態度の一番根っこの部分、限界であると同時に、極限を共有する強い意志であるように読めました。アンドレア・ブルースのように、パキスタンの地震のバラコットに3日目に足を踏み入れることはありませんでしたが、1999年8月17日にトルコで大きな地震が起こった2週間後に、トルコの地震の被災地に足を踏み入れることになりました。見ることと、言葉を交わすことに徹したトルコでは、少なからずの人たちと、壊れた家の前の壊れそこねたテーブルで、短いお茶のひと時を持たせてもらうことにもなりました。
 そして、2011年3月11日の東北の地震、大津波の後で新たに発行することになった「じしんなんかにまけないぞ!こうほう」は2012年11月20日現在、188号です。188号を書くことになったきっかけは、11月20日朝日新聞6面の「除染に天然の洗浄剤」という見出しの記事です。東京福島の事故のことを、1年8ヶ月余り、書き続けることで見つめ続けてきて、“除染”ということと、それが東日本の、福島の途方もない広範囲に、所を選ばず降り注ぐことになった放射能が相手である時の困難さ、不可能というよりない困難さについて、ただそこにある事実から繰り返し学習することになりました。しかし、繰り返し繰り返し“除染”が話題になる時、あたかもそれが可能であるかのように思える、あるいは思わせるように仕掛けも同時に進められていました。そんな一つが、11月20日の新聞記事でした。森で、川で、海で、進行し続ける放射能の汚染を、どうして“新型洗剤”で除染するのだろうか、というのが188号の内容です。
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