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2013年01月02週
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 西宮公同教会を会場に、約30年前に始まった関西神学塾を、最初に提案した一人が、桑原重夫さんでした。他に、亡くなられた西原基一郎さん、(韓晢曦・ハン ソッキ)さんなどがいました。桑原重夫さんは、教会の現場で、秀でた学問的な働きをしている“隠れた人材”でたとえばギリシャ教、キリスト教思想に精通する向井金蔵先生などを講師として引っ張り出す働きもし、開塾してしばらくしてから、自分でも新約聖書の講義を担当するようになりました。そして、30年、昨年7月に、9月からの講義を前に一度会って話したいとの電話がかかってきてお会いすると「オレはぼけた。もうできん!」と、今までとは違って、きっぱりと宣言しました。かねてより、「会長(桑原さんのことを、常々そう呼んでいた)は、神学塾で講義をしながら、気が付いたら“コテッ!”と亡くなるまでつづけるのですぞ!」と宣告していましたから、その“コテッ!”が「オレはぼけた。もうできん!」というきっぱりした宣言に聞こえたので、申し出を了解することにしました。了解する“条件”が、9月以降いつかの最終講義でした。そして実現した11月9日の終了後、桑原重夫さんが存在をかけて誰より何より自らに課してきた最終講義のテーマであった歴史とテキストは、関西神学塾と教会の聖書の編集で「教会と聖書」の特別号としてまとめることになりました。講義に出席していなかった、新免貢さんは、講義の記録をテープで起こし、既に“最終校正”となって届いています。この「教会と聖書、桑原重夫特集号」を発行するにあたり、かつて、関西神学塾で発行していた「桑原重夫の福音書案内、歴史とテキスト」の紹介を担当することになりました。「歴史とテキスト」は、200ページに満たない、“案内書”ということになっていますが、なんのなんの、聖書・新約聖書の福音書を読む“案内”としては、何よりも肝心な基本の基本が明確に示されている、“専門書”なのです。もし、「歴史とテキスト」を紹介するとしたら、桑原重夫さんが基本の基本を示す場合の文献が読める(ないしは読んでいる)ことでなければ、不可能ですから、この紹介は、“感想”程度であることをことわっておきます。
 桑原重夫さんは、「天皇制や靖国」などの著作、朝鮮半島の友人のことでの行動や発言、パレスチナの人たちとの交流など、巾広い社会の問題への関心や行動で知られる人ですが、それら発言や行動における公正でゆるがない態度は、教会で聖書を読む時の態度ともつながっていました。その聖書を読む時の態度の具体的な手順をまとめた小さな書物が「歴史とテキスト」です。発行は兵庫県南部大地震の次の年、1996年の桑原重夫さんが70歳の時でした。(ちなみに、兵庫県南部大地震の時には自宅の高槻から毎日のように西宮に通って、被災地の現地救援本部の責任者として働いてくださいました)。
 聖書が、その時の教会の主張や意図をそのまま反映する書物であることを、たとえばマタイによる福音書、ルカによる福音書、マルコによる福音書の、いわゆる「共観福音書」を、並べて見ることで明らかになるとするのが、「歴史とテキスト」の「桑原重夫の福音書案内」です。マタイとルカも、その依って立つ教会も、その考え方が違っていて、更にマルコは、その2つの教会の立場、更に、新約聖書で一番の分量を誇るパウロの手紙に示される“神学”にも、「いや違うぞ!」と言っている。その主張や意味を、それが書かれた歴史を見つめ、聖書テキストの一言一句を余さず見つめることで、しかも決して手を抜かない、その「手の内」を示しながら、「歴史テキスト」では明らかにされています。(以下 次週)
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