西宮公同教会の住宅の一階の‘シオサイ’は元は「ブックス・シオサイ」でした。30年以上前、若かった店長の夢は、ブックスはブックスでも絵本が並んでいる喫茶でした。開店から15年くらいで転機が訪れることになりました。いい絵本を並べて、いい子どもたちとおかあさんやおとうさんの出会いの場所であってほしい願いは、絵本の売れ行きが芳しくなくて難しい経営が続いていました。その結果「ブックス・シオサイ」の絵本へのこだわりを断念する一方、店長の願いで得意でもあった、パスタを始めることになりました。だからと言って絵本を全て断念したわけではありません。「ブックス・シオサイ」の主力は絵本です。とりあえずは売り上げを伸ばせる雑誌類に手を出すということはしませんでした。そして絵本は、いわゆる駅前の書店でよく見かける回転式の棚の絵本を並べるということはありませんでした。ちゃんとした絵本を並べることにこだわり続けてきたのが,「ブックス・シオサイ」です。しかし、この“ちゃんとした絵本”は、ちゃんと手に取って、更に子どもたちのために購入されにくいちゃんとした絵本です。“ちゃんとした絵本”は1冊1冊ちゃんとした物語のちゃんとした絵で描かれていますから、目立つ、派手であることを追求したりしません。「ブックス・シオサイ」の本棚には、1冊1冊を手に取ってみればちゃんとした存在で並べられているのですが、何しろ目立たず派手ではないのです。ちゃんとした絵本は子どもたちのために選ぶ人、おかあさんやおとうさんの力量が問われるのです。そんな結果、「ブックス・シオサイ」の絵本の売れ行きは芳しくなく、店長とシオサイの関心の中心はパスタに向かざるをえなくなりました。しかし店長の夢、初心は残されることになりました。その間にもアクタのジュンク堂の開店は大きかったのですが、店を形を少し変え、それでも「ブックス・シオサイ」のブックスの主力は絵本です。
そんな「ブックス・シオサイ」で人待ちをしていて見つけた売れにくい、しかしいい絵本を紹介します。
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」(エリナ・ファージョン作、シャロット・ヴォーグ絵、石井桃子訳、岩波書店)。ファージョンのこの物語は、もとは「ヒナギク野のマーティン・ピピン」(ファージョン作品集5、岩波書店)の中の一編で訳は同じ石井桃子、挿絵は「チムとゆうかんなせんちょうさん」のエドワード・アーディゾーニでした。西宮公同幼稚園で、子どもたちの縄跳びが1000回を超えた時、「せんかいなわとびしょう」で、特製の赤いなわとびを子どもたちにプレゼントすることになっています。その時のなわとびなどが入る袋には「エルシー・ピドックゆめでなわとびをする」の一節とアーデイゾーニの挿絵が印刷されています。
そのアーディゾーニの挿絵のファージョンの短編が、シャーロット・ヴォーグの絵で、1冊の絵本になったのが「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」です。短編とはいえ、物語だけを読むには子どもたちには長すぎるところが、絵本になることで40分を超えてしまう読み聞かせが不可能ではなくなりました。しかし目立たず派手ではない絵本の「第1版3刷 2007年7月5日」は発行から5年余り、「ブックス・シオサイ」の棚に並んで買い手を待っていました。岩波書店のこの絵本は、本屋にとって“買い取り”になっていて、リスクの高い買い物、売り物なのですが。
もう1冊は2011年11月発行の「カラス笛を吹いた日」(文・ロイス・ローリー、絵・バグラムー・イバトーリン 訳・島式子、島玲子 BL出版)です。絵本も文章も静かに静かに描き語られる絵本ですが、子どもというものの人間にとっての成長には時間が必要であることを、そしてそれは見つめるものでもあり、待つものであることを語るとしたら、そうならざるをえなかったからのように思えます。もし機会があったらこれも少し長めの物語を幼稚園だったら年長の子どもたちと楽しめたらいいなと思っています。さりげなく語られる内容はとても厳しいものだったりするのですが。
(ぶんこだより 2012年2月号より)
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