ずい分前から、幼稚園の子どもたちへの幼稚園から(えんちょうから)の誕生日プレゼントは“組み木”です(“組み木”になる前は“ストラップ”など)。誕生日プレゼントの組み木は、最初は小黒三郎さんの、ドーム型の中に3匹(種類)の動物が組み込まれたデザインのものでした。
小黒三郎さんの“組み木”とのおつきあいは、30年余り前に、その頃季刊で発行されていた雑誌「無尽蔵」に掲載されているのを教えてもらった時からです。一枚の板の一本の線を電動糸のこで切り離すと、その板から2匹(種類)以上の動物が誕生するのが、小黒三郎さんの“組み木”のおもちゃでした。たぶん、電動糸のこを使う、それに類する木製の装飾品などはあった(現在もある)のでしょうが、それが動物で、しかもおもちゃであったのは、小黒三郎さんの独創であったはずです。しかも、その動物は、親子であったり、更に異なった動物の仲間であったりする“おもちゃ”であるところが、見る者、手にする者に、子ども、大人を問わず、強い親近感を持たせずにはおきませんでした。更に、一枚の板の一本の線を電動糸のこで切り離すことで生まれる動物たちは、“単純な形”でありながら一つ(一匹、一種類)の動物が、動物として形・姿を持って存在していることが、小黒三郎さんの“組み木”(のおもちゃ)の衝撃でした。一枚の板の一本の線で、存在感をもった動物たちが2匹、3匹(種類)と誕生してしまうのです。そんなことが起こり得るのは、誕生する一匹ずつ(一種類ずつ)の動物の生きものとしての理解・観察が背後にあって始めて可能となるはずです。何度もお会いすることになった小黒三郎さんからも、動物理解・観察について伺ってきました。小黒三郎さんの組み木の動物たちは、形が決め手になって生きた存在感になっているのはもちろんですが、もう一つは、一匹(種類)の動物が持っている“目”の力です。たった一つ、たった二つ(ないしは、“口”も加え三つ)の、電動ドリルで空けられる“穴”が目です。“穴”にすぎないのですが、空ける位置、穴の大きさによって、表情になる(表情が変る)のです。50年以上前、大学の教養の文学の講義がきっかけで、少しだけ近松門左衛門の作品を読んだことがあります。その時の、「女殺油地獄」の一節に「…ヤイ、木で造り、土でつくねた人形でも、魂入るれば性根がある!」と母親が極道息子を叱り付ける場面がありました(あったと思う)。電動ドリルで空ける一つの穴の、大きさや位置で動物に魂が入って生きた存在になるのです。それは小黒三郎さんの発見であり独創です。
そんな、小黒三郎さんの組み木に出会って、魅了されて30年余り、数え切れない数、種類の組み木を、電動糸のこで切って、数え切れない人たち、子どもたちに手渡してきました。そして、それが何よりだったのは、その時の人と人をつなぐ力になり、記憶にもなってきたことです。少し慣れれば、電動糸のこという機械(道具)を使えば、誰でも切れてしまえるのが組み木です。そしてその場合誰でも違和感なく、組み木製作の世界に入ってしまえるのは、小黒三郎さんのデザインの多くが、書物になって図面つきで“公開”されていることです。コピー機で大小に拡大し、スプレーのりで板に貼り付けるだけで、あとは電動糸のこ(という便利な機械、道具さえあれば)で、誰でも簡単に自作してしまえるのも、小黒三郎さんの組み木です。
30年余り、小黒三郎さんの組み木に出会って、小黒三郎さんに出会って、数え切れない組み木を切って、たくさんの人たちの記憶の仲間に加えてもらってきました。
2013年度の幼稚園の子どもたちの組み木のプレゼントは、西宮公同幼稚園の子どもたちだけの、小黒三郎さんのオリジナルデザインです。数年前から、ドームと3匹(種類)の動物が条件で、西宮公同幼稚園の保護者の小黒三郎さんの組み木を切って遊ぶ集り、“ききるんの会”で公募しています。公募したデザイン、アイデアを、小黒三郎さんの倉敷のアトリエに届けデザインに手を加えてもらうということを、数年前からお願いしています。小黒三郎さんから送られてくる、デザインの動物たちは、飛んだり泳いだりするのはもちろん、生きてそこにある存在に変身しています。
今年、遅れてしまったデザイン・アイデアを届けて、たった3日目に「ぞう、ざりがに、こうもり」のドームの組み木になって帰ってきました。桧の間伐材で切って、子どもたちの誕生日プレゼントの状態にして、その日のうちにお礼の手紙(焼きたてのマキ窯のパンも同封し)を添え倉敷のアトリエに発送しました。手紙には「…西宮公同幼稚園の子どもたちは、幸福です…」とも書きました。
以下、「ぞう、ざりがに、こうもり」のドームの組み木のデザインと添えられているカードなどです。
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