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2013年08月02週
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 教会の第2、4水曜の読書会で読んでいる「いまファンタジーにできること」の、ル・グウィンの紹介する言葉の迫力で、「ジャングル・ブック」(福音館古典童話シリーズ23、R・キップリング、木島始訳)を、読んでしまいました。「狼に育てられた子ども、野生で育った子どもは、まれに起こる悲惨な現実においても、キップリングの夢のような物語においても、結局のところ、人間社会に安住の地を見つけることができない。(略)。これらは胸が張り裂けるような物語だ。それでもわたしたちは、少年が楽しいコミュニティーで、狼、クマ、黒ヒョウ、ニシキヘビらとも話したり、考えたり、行動したりするゆったりした時間に息つく暇もない冒険がもたらす幸福感をも、−野生の世界に丸ごと属することの不思議さと美しさをも、『ジャングル・ブック』の中から読み取って、一生の間、携えていくことができるだろう」。少し時間をかけて読んだ(「…狼、クマ、黒ヒョウ、ニシキヘビらとともに話したり、考えたり、行動したりするゆったりした時間と息つく暇もない量」は、時をかけて読むよりなかった!)「ジャングル・ブック」は、ル・グウィンの紹介する言葉、「…一生の間、携えていくことができるだろう」を、納得させる内容だったように思えます。
 そんな「ジャングル・ブック」について、感想らしきものを少しだけ書いてみることにします。
 人間の子どもが、野生動物(狼)の世界で育つ(育てられる)という、あり得ないことが「ジャングル・ブック」では説得力を持った言葉で描かれます。自分の世界が、どこまでも広がっていることを疑わない生きものである人間の子ども、赤んぼうが、たまたま入り込んだ狼の家族の洞窟で、たまたまおっぱいを飲んでいた狼の子どもたちの仲間になってしまいます。「『なんてちっぽけなんでしょう。なんて、すっぱだかなんでしょう。それに、なんて、むこうみずなんでしょう』。と、母おおかみが、やさしくいった。その赤んぼうは、おおかみの子どもたちのあいだをおしわけて、母おおかみのあたたかい体に近づいていった。『あら、ほかの子といっしょに、おっぱいをすってるわ。ふうん、これが人間の子どもなのねえ。ところで、じぶんの子どもたちにまじって、人間の子どもがいるのを、じまんできるおおかみって、いままでにいたかしら』」。そうして無条件に人間の子どもを受け入れるお母さんに、お父さんは圧倒され、人間の子どもはモーグリ(かえるのモーグリ)という名で、おおかみの家族の一員になります。こうして、家族の一員になったとしても、おおかみの仲間世界が了解しない限り、野生の世界で人間の子どもは生きることはできません。「その子どもたちが、足でちゃんと立って歩けるようになると、すぐ、その子どもたちを、おおかみのなかまの会議に、つれていかなくてはいけないのだ」。「その会議というのは、ふつう、月に一回、ほかのおおかみたちが、その子どもたちの顔をまちがえたりしないように、いつでもこの子だといえるように、満月の夜にひらかれることになっている」「その子どもおおかみが、はじめて雄じかをたおすまでに、むれのおとなのおおかみが、どの子どもおおかみをころしたとしても、そのときはもう、どんないいわけをしたって、許されないのだ」「犯人は、見つかりしだい、死刑のばつでころされてしまうことになっている」。「そのことは、ちょっと考えてもらえれば、みなさんにだって、そうしなけりゃいけないっていうことが、わかってもらえるだろう」。これが「ジャングル掟」です。野生の仲間になる為に、「子どもが、なかまにはいる権利があるかどうか、議論になったときには、その子どもは、父と母いがいに、すくなくとも二匹のなかまによって、弁護してもらわなければばらない」という、もう一つの「ジャングル掟」がありました。もし、誰の弁護も得られなければ、それはモーグリの死を意味しました。おおかみの仲間をひきいるアケーラが問う、だれがいったい弁護するのかに、答えがなかった時、「母おおかみは、もし、これで戦いがはじまるんなら、死ぬまで戦わなきゃいけないぞ、とかくごして」身がまえます。そんな母おおかみの覚悟に、応えるのが、くまのバルーと、黒ひょうのバギーラでした。バルーは特別に仲間として認められていましたが、バギーラは別でした。しかし、母おおかみの、仲間になった人間の子を守る、死ぬまで戦う覚悟に、バギーラは応答します。「おれは、きみたちの集会では、なんにも権利をもっていない。だが、ジャングルの掟により、新しい子どもについては、疑いがあっても、ころすほどのこともないときには、その子の命は、金をはらって、買うことができることになっている。そして、掟には、だれが、はらうことができるとか、だれが、はらうことができないとか、ということは、きめてない。どうだ、おれのいっているとおりか」。こうして、モーグリは、バギーラの雄牛一頭と(お金ではなく)、バルーの弁護のおかげで、狼の仲間になります。
 野生と人間の(子どもの)共生は、本来はあり得ません。野生の弱肉強食の「ジャングルの掟」で、仲間を守るのは仲間です。モーグリが狼の仲間であり得たのは、仲間である為の条件の一つ一つが超えられたからです。超えられたのは、母親狼の受容する力、死ぬまで戦う覚悟、そして、バルーのやさしさ、バギーラの知恵があったからです。受容する力、やさしさ、戦う覚悟、知恵がつながって繰り広げられる、野生と人間の子どもの共生を描いたのが「ジャングル・ブック」です。「『ジャングル・ブック』には、一生の間、携えていくことができるだろう」ことが、確かに描かれていること、そして「ジャングル・ブック」は、私が一生の間、携えていく大切な一冊になりました。
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