1940~50年代の日本が戦争に負けた後の時代の子どもたちにとって、甘いお菓子のようなものは身近には存在しなくて、野山の自然を歩き回って見つけるよりありませんでした。そんな時の秋の味覚の代表があけびでした。あけびは木の枝にからみついているつるを伸ばし、4月下旬になると紫色の花を咲かせます。花は雄雌別でいくつかが塊まって咲くおばなと、まんまるの花びらが3枚でお椀のような形の大きめのめばなに分かれていました。めばなには、マッチ棒を小さくしたような、先っちょがねばっている棒が5,6本ついていて、子どもたちはそのあけびのめばなを摘み、鼻先にひっつけて遊んだりしたものでした。子どもたちは、開花の時には遊んだりしたあけびのことは、そのあとすっかり忘れ、他の遊びに夢中になって過ごし、秋10月頃になると、あけびのことを思い出して山に入ります。忘れられないあけびの果実の味を求め、山野であけびの実をさがし回るのです。そんなときの子どもたちは、一人ではなくて、小学校2,3年生から、中学生くらいまでの子どもたち(たいていは男の子)が、5,6人から10人くらい集団で行動していました。たぶん時には深い山や谷にまで足をのばして、迷ったりすることがない為だったのかもしれません。そして、もちろん、あけびを見つける名人は年長の子どもたちでした。1個だけ、ぽつんと見つかることもありますが、年長の“名人”たちは、そんなのには見向きもしないで、3,4個、多い時は5,6個が房になったり、バナナのようにそっくり返ってひっついている“大もの”を捜すのです。あけびは表皮がうす紫色になり、そっくり返っている外側が開いた時が食べ頃です。ほとんどが黒い種の集まりの果肉の表面は真っ白です。割ってみると一粒ずつの種が半透明の果肉で包まれています。何しろほとんどが種ですから食べ方にこつがあります。口に含み、急がずあわてず、舌の上でころがし淡い甘味を味わっていると、そのうちに種だけになってしまいます。種を思いっ切りペッと吐き出して、残りを口に含むという具合にするのが、あけびの食べ方です(ざくろの場合、果肉は固いので、軽く歯でつぶしながら、甘酸っぱい味を楽しみます)。年長の子どもたちは、5,6個が房になっているあけびを見つけると、端っこの小さい分を、年少の子どもたちに、ちゃんと分配してくれたものでした。
秋の田舎では、他にも自然の果実を味わうことができました。山ぶどうは、めったに見つからない珍味で、山法師(やまぼうし)もめったに見つかることはありませんでした。田舎の里で、必ずどこかの家の庭、田んぼの土手近くにあったのが柿でした。子どもたちにとって、中でも甘柿が好物でしたが、ほとんどは渋柿でした。その渋柿を買い集めにくるらしい人たちがいましたが、たぶん柿渋を作るためで、田舎の人たちにとって、少しばかり現金収入になっていたのだと思います。その渋い柿が、大人たちの手で一晩のうちに甘柿に変身します。うすに渋柿を入れ、ほどよい熱さのお湯を注ぎ込んで、わらでふたをするようにして一晩おくと、甘柿に変身するのでした。干し柿も大人たちの仕事で、夜、囲炉裏ばたの大人たちの夜なべ仕事が皮むきで、子どもたちは、それを見ていろんな包丁の使い方を修得していったのだと思います。干し柿は、皮をむいて乾燥させているうちに、内部が熟して甘くなる、その兼ね合いをうまく利用します。渋柿はそのままにしておくと、いずれは熟して甘くなります。最後はくさって落ちるか、冬を迎える野の鳥たちの貴重な食べ物の一つになります。
日本が戦争に負けた後の時代に、田舎で子どもとして生きた記憶で、圧倒的に多いのは、例えば秋であれば、あけびや柿、なつめ、山ぶどうなどの甘い果実などの味でした。食べものだけではなくて、子どもたちは秋の自然の光景も大好きで、すすきの原っぱの彼方に、夕日が沈んでいく様子を、あきずに並んでながめていたりしました。
10月10日は、西宮公同幼稚園の子どもたちの甲山登山でした。年長の子どもたちと、歩いて幼稚園を出発し、歩いて幼稚園に帰ってきました。すすきにも、はぎにも、何度も出会う子どもたちとの秋の一日でした。土手の上にすくっと束になっている花の咲いたすすきと、広がる青空を背景に本当にきれいに見えました。山道に入ると、道ばたには必ずはぎが咲いていました。目につきにくい小さな花ですが、周囲がすべて緑の世界で、“楚楚”と咲いているところが魅力なのかもしれませんし、強く主張はしない存在感が歌われたりすることにもなったのかもしれません。
一家に 遊女もねたり 萩と月
ちなみに、教会前の津門川“植裁帯”では、ぬすびとはぎが今年は去年よりも更にいっぱい枝を伸ばして花を咲かせ、更に、ぬすびとの由来になったとされる実をつけています。いわく、あの半月型の実が、盗人のぬきあし差しあし、足跡に似ているので、ぬすびとはぎの名前になったのだそうです。
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