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小さな手大きな手

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2013年12月02週
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100冊の絵本─
時々、事務所をのぞくぽっぽ組のKちゃん。今日は20センチくらいの長さの細い薄いピンクの棒を「これなに?」という表情で大事そうに持ってのぞきました。子どもたちに、鳥の羽を紹介した後も、Kちゃんは何度も何度も自分で見つけた羽を手に事務所をのぞき、時には羽を見つけた友だちの手を引っぱってのぞくこともありました。子どもたちの世界は、小さな小さなことがきっかけになって広がっています。それは、そのまま子どもたちの成長です。

 そんな、成長につながるできごとが描かれた絵本などを100冊の絵本┐箸靴鴇匆陲靴泙后
「まんげつのよるまで まちなさい」(マーガレット・ワイズ・ブラウン さく、ガース・ウィリアムズ え、まつおかきょうこ やく、ペンギン社)。子どもたちは、待つ時、待たなければならない時があって、成長の一歩、成長の扉を開いて行きます。その時の一歩を踏み出し、成長の扉を開くのは、その時の子どもたちの自分の力でなくてはなりません。周りにいる大人たちに求められるのは、そっと見守り、そっと後押しすることです。「まんげつのよるまで まちなさい」の、ぼうやのお母さんは、見守って後押しをするものだと心得ていましたから、「いまはだめ。まんげつになるまで まちなさい」と口にする時の言葉も態度も毅然としているのです。
「ぼくの ぼうし」(M・フェラー さく、J・シャロー え、ふくいしげき やく、ブック・グローブ社)。人間は、大切な何かを失うことがあります。「ぼくの ぼうし」のチトは、妹とお父さん、おばあちゃんの3人と暮らしています。お母さんがいないのです。チトはある日、大切な帽子を風に飛ばされて失くしてしまいます。「ぼくの ぼうし」は、新しい帽子を手に入れるチトの物語です。チトが新しい帽子を手に入れるのは、小さな出会いが重なってはじめて実現します。その一つ一つが奇跡のように起こった時、帽子は誇るに足るチトの大切な大切な宝物になります。
「こぐまの くまくん」(E・Hミナリック ぶん、モーリス・センダック え、まつおかきょうこ やく、福音館)。「こぐま」というものは、何しろこぐまですから、自分の身の丈で世界と向かい合っています。そんな「こぐま」を、まるごと受けいれるのが「こぐまの くまくん」のお母さんです。そんなお母さんは、「こぐま」にとって、まったくすべてにおいて信頼するに足る大人です。そこから、「こぐまの くまくん」の成長の一歩が始まります。
「ラチとらいおん」(マレーク・ベロニカ ぶん・え、とくながやすもと やく、福音館)。何も語らない人形であっても、その人形と子どもたちは言葉を交わし合う関係を作ってしまいます。それは、人形が何も語らないから可能なのかもしれません。そんな、人形と子どもたちの世界と時間が、気が付いてみたら子どもたちの新しい一歩、新しい世界につながります。いい物語が切り開く世界も同様です。
「ふしぎなボール」(フィリパ・ピアス 文、ヘレン・ガンリー 絵、猪熊葉子 訳、岩波書店)。「ふしぎなボール」を子どもたちに読んで起こった出来事が忘れられません。高座町の住宅に住んでいた頃、子どもたちを交代で招待し、帰りはバスグループ、ワゴン車グループに分かれることになっていました。もちろん、ワゴン車の方が圧倒的に人気で、子どもたちはみんな、そっちをねらっていました。ところがその時、「ふしぎなボール」を読み終わった瞬間、J君が「おれ、バスにする!」とつぶやいたのです。「ふしぎなボール」の最後の部分で、おばあちゃんの家を訪ねたティミーたちは、バスで家に帰ります。物語の持っている説得力が、聞き手である子どもたちに、もう一つ別の生き方を選ばせてしまったのです。
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」(エリナ・ファージョン 作、シャーロット・ヴォーク 絵、石井桃子 訳、岩波書店)。公同幼稚園の子どもたちは、よくなわとびをするし、なわとびが大好きです。ほんの少しであっても、“跳ぶ”ことの快感が子どもたちを魅了して止まないのだと思います。エルシー・ピドックは、そんななわとびの名人中の名人ですから、読むのに40分はかかってしまう長い物語であっても、子どもたちは耳を傾けずにはおきません。
「あなたは だれ?」(シャーロット・ゾロトウ 文、ライス・キャサル 絵、みないなな 訳、童話屋)。わたしが、わたしである、他の誰でもない、何よりの一番の証拠は、名前です。その名前の「ビリー」が呼ばれるまでの赤ちゃんは、そのすべてにおいて受けとめられる日々があって、自分の名前を自分のものにします。
「いっすんぼうし」(いしいももこ ぶん、あきのふく え、福音館)。小さくても、誇りを持って生きる時、小さいことは何の苦にもなりません。幼いものたちは、この物語で誇りを持って生きる人間と出会います。
「金のがちょうのほん」(レズリー・ブルック 文・画、瀬田貞二 訳、福音館)。レズリー・ブルックの“名人”の絵の物語が、四つのむかしばなしに生命を吹き込みます。“名人”が、物語と登場する動物たちとを、あらゆる意味で平等に向かい合って描く時、動物たちが子どもたちに絵本の絵の中から語りかけ、子どもたちもまた心の言葉で応答するのです。
「THE ANIMALS」(「どうぶつたち」まどみちお 詩・美智子 選、安野光雅 絵)。まどさんの、一匹ずつには名前にぴったりの“表情”があります。そして、どんなしぐさで生きて、どんな声でないたりするのかなどを、存分に伝えるまどさんの詩が、負けないくらい立派な“英語”になりました。
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