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2013年12月03週
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石牟礼道子という名前が、強く心に残るようになったのは、季刊の雑誌「辺境」(井上光晴責任編集、1970.2)で連載の始まった「苦海浄土 2」の時からです。

杢太郎の爺さまが、死んだ。
少年は腹這いのまま、いやいやをするように、うなじを仰向け、曲がった指をさしのべる。自分の魂の中に、落下してゆくようなほほえみを浮べて。
片方の、やっぱり曲った右肘で、少年は上体を突っぱり、そのような眸でほほえむことを耐える。不揃いの前歯で笑ってみせようとして。片方の肘をさしのべたまま。
(中略)
ここにきてから。湯の児リハビリ病院に来てから。見舞いのみしらぬ女たちに。付添いの小母さんたちや、看護婦さんたちに。
あるいは、束の間、抱かれようとして、突きはなされる。
−まっ、気色のわるか子じゃ、片輪のくせに、色気の出てきとる!
青ざめて、片頬をぺったり畳につけ、その畳の目に向けて、少年は、少しも荒げない息を吐く。
(中略)
爺さまはしかし違っていた。
ひろげたあぐらの中に彼を入れ、彼をゆする。
ゆこうかい、のう
杢よい
御所の浦までや
桶の島までや
ん。
(後略)
そして、雑誌の見開きのページには、その「杢太郎」が「不揃いの前歯」の口を開いて「笑っている」(と思われる)写真が掲載されていました。
「苦海浄土 第2部」は、胎児性水俣病の「杢太郎」の、水俣病の家族たちの物語で始まります。連載の始まった物語の第一回は「ひとりの人間の存在にとって、文明とは何であったろう。すべての文化とは、文明とは、ひとりの人間にとっての、属性でしかない」で閉じられます。そんな石牟礼道子の書く文化・文明を問う歩みとの、少なからず距離を置いた、そして断続的な付き合いが40年を超えることになりました。1983年の対談集「樹の中の鬼」の上野英信との対談は「祈るべき天と思へど天の病む」でした。自然が、開発の名のもとに犠牲となることの無念が、読み手に絶望の深さを迫る句でした。1999年の「アニマの島」そして2001年の「媒の中のマリア−島原・椎葉・不知火紀行」で、島原の乱の絶望に身を置いて、尚描き得たのは「祈るべき天と思へど天の病む」の、その先にある石牟礼道子の「祈り」であったように思えます。
その「祈り」が、東北の大地震と大津波、そして東電福島の事故の後の「花を奉る」でした。1990年に書かれていた「花を奉る」が、少し装いを変え2011年3月11日、大災害の死者たちに手向けられた時に、他の誰のどんな言葉よりも人間の心の奥底に届く力を持っていました。

花を奉る   石牟礼 道子

春風萠すといえども われら人類の劫塵
いまや累なりて 三界いわん方なく昏し
まなこを沈めてわずかに日々を忍ぶに なにに誘わるるにや
虚空はるかに 一連の花 まさに咲かんとするを聴く
ひとひらの花弁 彼方に身じろぐを まぼろしの如くに視れば
常世なる仄明りを 花その懐に抱けり
常世の仄明りとは あかつきの蓮沼にゆるる蕾のごとくして
世々の悲願をあらわせり
かの一輪を拝受して 寄る辺なき今日の魂に奉らんとす
花や何 ひとそれぞれの 涙のしずくに洗われて 咲きいずるなり
花やまた何 亡き人を偲ぶよすがを探さんとするに
声に出せぬ胸底の想いあり
 そをとりて花となし み灯りにせんとや願う
 灯らんとして消ゆる言の葉といえども
 いずれ冥途の風の中にて おのおのひとりゆくときの
 花あかりなるを
 この世のえにしといい 無縁ともいう
 その境界にありて ただ夢のごとくなるも 花
 かえりみれば まなうらにあるものたちの御形
 かりそめの姿なれども おろそかならず
 ゆえにわれら この空しきを礼拝す
 然して空しとは云わず
 現世はいよいよ 地獄とやいわん
 虚無とやいわん
 ただ滅亡の世せまるを待つのみか
 ここにおいて われらなお
 地上にひらく一輪の花の力を念じて 合掌す

(この項続く)
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