まど・みちおが亡くなり、教会学校で、手元にあるまど・みちおの詩の本から、いくつかの詩を紹介しました。そこにある生活の言葉で語られていることで、詩というものが身近になったのが、まど・みちおや、長田弘の詩であったように思います。幼稚園を途中で引っ越して行く子どもたちにプレゼントするカードのすみっこに貼り付けた折り紙のミニ本には、まど・みちおの詩“ことり”を書き込みます。
“ことり”
そらの しずく?
うたの つぼみ?
目でなら さわっても いい?
そこにある出来事や生命の営みを、そこにある生活の言葉で語るのがまどさんの詩です。佐野元春が、いつだったかのテレビ番組で詩について語っていた「真実とユーモアと普遍性」が、まど・みちおの数々の詩の言葉に結実し、子どもたちを含め幅広い層の人たちの心に届いてきました。
“おなかの大きい小母さん”
朝のかたづけすましておなかの
大きい小母さんが散歩にでかけた
胸はってゆったりと歩いていく
はるかに浮かんだ白雲がえしゃくする
垣根のアベリアたちも次々に
かわいい笑顔であいずしてくれる
道の反対側ではタンポポが
ブタナとならんで黄色い声をあげる
みんな祝って励ましてくれるのだ
げんきな赤ちゃん待ってますよう!と
ありがとう ありがとう
いちいち笑顔をかえしながら小母さんは
目の前のケヤキの大木を見あげたが
たちまち涙があふれでた
はっぱたちが小母さんにではなくて
おなかの赤ちゃんに
エールを 送ってくれてるらしいのだ
その何千何万の ひとりのこらずが
小さな小さな手をふりにふって…
小さな生命の始まりが、いとおしむこと、数え切れない同じ生命の営みの仲間になること、その意味が、「真実とユーモアと普遍性」の言葉で結実したのが「おなかの大きい小母さん」です。
まど・みちおは、子どもの頃、てつぼうは得意だったのだろうか。誰でも、どこかで挑戦するてつぼう。慣れない時、逆さにぶら下がった時、ジーンと頭の先にくる感覚。回れた時、一瞬世界が変わって見えてしまう驚き。
“てつぼう”
くるりんと
あしかけあがりを した
一しゅんにだ
うちゅうが
ぼくに ほおずりしたのは
まっさおの
その ほっぺたで…
おお
こここそ うちゅう!
ぼくらこそ うちゅうじん!
ヤッホー…
まど・みちおが、身近な出来事や存在について書く詩は、そのものを的確に言い当てていて、しかし、そこに込められたユーモアの結果、一つ一つがなぞなぞだったりします。以下、そのいくつか(正解は文末)。
「あしの ダイコンが
ひりひり ひりひり
ダイコンおろしに なりはじめた」
「さんぱつは きらい」
「きがついたときには
もう でしゃばっていました」
「ねじを まく
ねじを まく
ゆめが とぎれないように」
まど・みちおは、104歳で亡くなるまで詩を書き続けました。あるいは、生きている限り詩の言葉の宇宙を生きた人、と言ってもいいのかもしれません。「詩人まど・みちお100歳の言葉」に「私は人間の大人ですが、この途方もない宇宙の前では、何も知らない小さな子どもです。そして子どもに遠慮はいりませんから、私は私に不思議でならない物事にはなんにでも無鉄砲にとびついていって、そこで気がすむまで不思議がるのです」と書かれていました。紹介した詩の一つ一つは「…無鉄砲にとびついていって、そこで気がすむまで不思議がるのです」が結実する時の、小さかったり、時に大きかったりする言葉の宇宙になっています。
そして、104歳で、まど・みちおは詩の宇宙が閉じられることになりました。
“そうしき”
おはな いっぱい
おくもつ いっぱい
とうみょう いっぱい
こうのけむり いっぱい
おきょう いっぱい
こうでん いっぱい
ちょうでん いっぱい
にんげん いっぱい
いっぱい いっぱい
とりのこされた なきがらだけが
ひとりぼっちで
はるかに たびだった
ひとりぼっちの ゆくえを
しーんと
みつめていて…
(なぞなぞの正解。順に、しびれ、けむし、はな、いびき)
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