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2014年09月02週
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よしもとばななの新しい小説を読みました。「鳥たち」です。(「すばる」2014年10月号掲載)。大急ぎで、ざっと読んだだけですが、小説で物語が展開する軸になっている、「チョンタルの詩」(メキシコ・インディオ古謡/荻田政之助・高野太郎翻訳、誠文堂新光社)が、たまたま手元にあったのと、別によしもとばななが書いた父親についての一言「単なる娘としてのお話」(「文学界」2014年8月号)のこともあったので、感想らしきものを書いてみることになりました。
 「鳥たち」は、「嵯峨」と「私」の2人の主人公の物語です。2人を離れ難いものにしたのは2人の共通の体験でした。「私」の父は早くに亡くなっていました。「私」の母と、「嵯峨」の母と「高松さん」、そして子どもだった「嵯峨」と「私」の共同生活で、「高松さん」が病死した後、「私」の母と「嵯峨」の母は「自殺」してしまいます。子どもだった「嵯峨」と「私」にとっては、親に自殺されるのは、自分たちもまた生きていくことを否定される出来事でした。子どもだった2人は、自分たちも死んでしまうという道は選びませんでした。子どもというものが、文句なしに生来持っている、すべてにおいて生きることを肯定する力が、死ぬことではなく、生きることを選ばせたからです。「そんなに苦しいなら、頼りにしている唯一の人が死ぬのが耐えられないなら、みんな死んでしまえばいい、でも私と嵯峨は生きていたい、いっしょにしないで、冷たくそう思っていた。それが精一杯の意地であり抵抗だった。なんて愚かでかわいそうだったのだろう、あの私。嵯峨だけを守ろうと精一杯だった、幼い私」。2人で生き残って、生き延びた「私」と「嵯峨」でしたが、生きることを否定された体験からたやすくは逃れることができませんでした。生き延びはしましたが、大人の人間になっていく時、そのことは、一人の人間の生きる意味への問いとなって繰り返し迫ることになりました。「私」と「嵯峨」は、2人で始まって、2人だから生き残って生き延びられた、その先の問いの前に立たされることになります。
 「鳥たち」は、2人でしか生きられない「私」と「嵯峨」が、そんな自分たちから離脱するという、難しいテーマの物語のように読めました。子どもだった「私」と「嵯峨」が、大人たち(親たち)によって突きつけられた「自殺」によって、言わば生き延びることを否定されました。その後を2人で生き延びはしましたが、否定された事実は厳然としてそこにあり、子どもから大人になる時、生きることをどのように肯定するのかが、問われることになります。
 そんな時の、生き残って生き延びることの何かを、「鳥たち」は「チョンタルの詩」から導き出そうとします。そこに表現され伝えられている、時空を超えた世界との出会いです。最初それは、「鳥たち」の登場人物たちが「山道を登っていたときに、知らないおじいさんの声」のこととして聞こえてきます。「『わしの場所に入るのはだれだ。』怒ったような声だった。あたりを見回してもだれもいなかったし、だれも気づいていなかったので、私はどきどきしながら、心の中で『日本から来ました。ごめんなさい。散歩しているだけなんです。』と言った。真っ青な空と、地を這うように低く地面を覆ってい る乾いた緑色の草と、シュニパーがねじれてぎっしりと生えているその空間の中、ふっと気持ちがゆがんで、大きな岩山が返事をした。『そうかそうか、入っていいよ、ゆっくりしていきなさい。』ああ、きっとここで暮らしたおじいさんの霊が山とひとつになってまだここにいるんだ、と私は思った」。で、様の変わった「私」に気付いた「嵯峨」が「『あれ?なんか急に優しい顔になってる。だれかに優しくされた?』と聞いてきた。嵯峨は昔から勘が鋭いのだ。『うん、この場所に受け入れてもらったとわかった。ここがとても好きになりそう。』私は言った」。
 「鳥たち」の、「私」と「美紗子」の朗読劇で、「チョンタルの詩」の「夜の鳥への唄」と「太陽のワラチ」が、そのまま引用されます。そして、「山道を登っていたときに、知らないおじいさんの声」に代わるものが、どうやら「チョンタルの詩」なのです。「私」と「嵯峨」の会話の「あれ?なんだが急に優しい顔になってる、だれかに優しくされた?」が、「私」と「美紗子」の朗読劇の中でも起こります。それが、朗読劇の中で起こるのは、間違いなく「チョンタルの詩」の時空を超えた力です。「私」と「嵯峨」は、「だれかに優しくされた?」体験を経て、「優しい顔」を取り戻していきます。
 「私」と「嵯峨」は、ずっと一緒で一体の「鳥たち」でした。そのままの2人は2人でありながらばらばらで、遂には否定されたままの自分であり続けるよりありません。「夜の鳥への唄」の鳥は、一旦は生活世界から飛翔し異界へ旅立ちます。しかし、そこまで行き着いた時、鳥が(いいえ、すべての生きものが)足を着けて立つ現実への扉を開いて見せてくれます。「夜の鳥への唄」は、20行にも満たない詩です。しかし、古代の「メキシコ・インディオ」は、たった20行にも満たない詩の言葉で、それを可能にしてしまいます。それは山道を登っていたときの「おじいさんの霊と山とひとつになった」時に起こることでもあります。「優しい顔」を取り戻すこと、生きることの肯定です。「チョンタルの詩」の「夜の鳥への唄」や「太陽のワラチ」は、古代人たちの霊と山(自然)がひとつになって、生きること(その肯定を)を時空を超えて語りかけます。その「生きることの肯定」が、よしもとばななの小説「鳥たち」のように読めました。一体のようでばらばらだった「鳥たち」は、生きることの肯定を、人一人が見つける時、互いをかけがえのないものとして自立し、一緒に生きる「鳥たち」になるのです。
 「単なる娘としてのお話」で父親を語るよしもとばななも、お話の吉本隆明も生きることを肯定する人たちです。「文学的成功ではなく、女としての幸せでもなく、人として姉と私が幸せな状態であること、それが父のいちばんの望みだったんだ、と思います」「そのいとこと姉と3人で話していると、気がよくて損ばかりしておっちょこちょいで、いつも即座に人を思いやれる血筋がはっきりと浮かび上がり、そんなふうでよかったと幸せを感じます」「お金が神様になってしまったいっそうせちがらい時代ですが、私は強い意志を持って、残りの人生をそんなふうに生きたいと思います」。

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