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2015年03月03週
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「永続敗戦論/戦後日本の核心」が発行されたのが2年前の3月です。昨年の8月15日前後に「各種メディア絶賛!!必読の日本論」の活字がにぎやかな新聞広告に「だまされるものか!」とながめていましたが、結局は購入して読むことになりました。冒頭、東電福島事故を論ずるにあたり「第一節『私らは侮辱の中に生きている』−ポスト3.11の経験」で具体的に論している内容に少なからず納得させられました。「そして、忘れてはならないのは、事故そのものが収束したようには程遠い状態により、いまもなおその現場で被曝をこうむりつつ作業に従事している多くの人々がいるという事実である。種々の報道によれば、これらの人々が、その任務の死活的重要性と危険性に照らして、しかるべき待遇を受けているとは到底思えない。−これらすべてにもかかわらず『収束宣言』は強行され、それを根拠(?)として、政府と東京電力は作業員が無料健康診断を受ける権利を打ち切った」「現場の問題が集約されたかたちで見て取れるのは、事故前から原発労働における被曝隠しや労災隠し、給与のピンハネの温床となっていた複雑怪奇な多重下請の構造である。三機の原子炉が溶け落ちた建屋の屋根が吹っ飛んだこの未曾有の事故現場において、この構造だけはしっかりと生き残っている」。
 著者の白井聡さんは、いわゆる大学の文系・人文科学の研究者です。その大学と「アカデミズム」について「大学を覆う状況についてもひとこと触れる必要がある。工学系諸学部と原子力関係企業・組織との利害関係がきわめて密接であり、その利権で結びつけられれら強固な同盟が原子力利用に対するあらゆる批判を組織的に封鎖してきたことはいまさら言うまでもないが、事ここに至ってもなお原発問題をタブー視する雰囲気は、一部の大学において醜悪な全体主義を形成していると思われる」と手厳しいのです。
 言われている「工学系諸学部」は、それが「原子力関係企業・組織との利害関係がきわめて密接」になってしまう時、「科学」であることより何より、実利・利権の道具になってしまいます。曲がりなりにも科学の定義は以下のようであるべきです。「一定の対象を独自の目的・方法で体系的に研究する学問。雑然たる知識の集成ではなく、同じ条件を満たす幾つかの例から帰納した普遍妥当的な知識の積み重ね」(「新明解国語辞典」三省堂)。人文科学もまた科学であることの道筋を貫くことでから外れることで書かれたのが、「永続敗戦論/戦後日本の核心」です。人文科学、政治分析が科学であることを貫き、「独自の目的・方法で体系的に研究」「同じ条件を満たす幾つかの例から帰納した普遍妥当的な知識の積み重ね」できっちり核心を突いて外しません。2009年に生じた政権交代で、有権者の支持を受けて成立した鳩山由紀夫民主党政権は、普天間基地移設問題で事態を打開できず、9か月で退陣に追い込まれます。これは「首相の政治手法の巧拙」で片づけられましたが、「永続敗戦論/戦後日本の核心」は、「こうした政治家個人の手腕の拙劣さに議論を収歛させることは著しい矮小化以外の何物でもなかった。退陣劇を通して露呈したのは、この国においては選挙による国民の支持を大部分取り付けている首相であっても、『国民の要望』と『米国の要望』とのどちらを取り、どちらかを捨てなければならないという二者択一を迫られた場合、後者を取らざるを得ない、という客観的な構造にほかならない」。
 2月22日〜25日に、沖縄県名護市の米軍基地、キャンプシュワブゲート前で辺野古新基地建設反対行動の座り込みに参加しました。ちょうどその時、キャンプシュワブゲートと道路の歩道のつい最近引かれた黄色の「境界線」に足を踏み入れたということで、山城博冶さん(沖縄平和運動センター議長)が、米軍の警備員に拘束され、手錠をはめられ、キャンプシュワブ内に留置され、4時間後刑事特別法違反で沖縄県警に逮捕されました。(山城博冶さんは、翌日釈放されます)。米軍基地は、山城博冶さんがそうであったように、米軍関係者以外の日本人が一歩でも足を踏み入れただけで拘束されます。一方、米軍関係者は軍の装甲車両などはもちろん、「私用」であっても全く出入りは自由です。基地の米軍ゲートでは関係者のチェックはありますが、基地外の日本国への出入りについて日本側からのチェックは一切ありません。米軍関係者はそれがどんな身分の誰であっても、米軍基地を経由すれば日本国への出入りは自由ということになるのです。で、思い出すのですが、1995年2月にキャンプフォスターにゲートから入れてもらったことです。兵庫南部大地震の被災者に米軍テントの貸与交渉を司令官に申し入れましたが、もちろん入れてはもらえませんでした。ところが、通訳の為に同行していた米国人宣教師と基地内の従軍牧師とがミシガン大学の同窓であることが解るが早いか、2〜3分後にはジープがゲートまで迎えにきました。日本人は絶対に入れない日本にある米軍基地は、米軍及び関係者は出入り自由なのです。
 という対等ではない関係の事実を、人文学の政治分析の科学的手法で明らかにしたのが「永続敗戦論/戦後日本の核心」です。「これは単なる事実であるがゆえに、経済的成功による国民的満足感の醸成や真摯な悔恨と反省に基づく不戦の誓いといった主観的次元によっては、何ら動かすことができない」「この事実を動かす方法があるとすれば、もう一度戦争を行って勝利する以外に道はない。これは政治史的な事実であり、倫理や規範的な立場といった主体性の問題とは次元を異にする事実である」。
 覆しようのない完膚なき敗北の事実を認めたのが、1945年8月15日のポツダム宣言の受諾であり、米軍による占領・支配の始まりです。69年経った現在も、米軍による占領・支配は変わらず、より目に見える形で残っているのが、沖縄に集中する米軍基地です。米軍による占領・支配の事実にもかかわらずそれを69年経った現在も敗戦ではなく終戦という言葉ですりかえられています。そうして、敗戦を引き延ばしてきた69年が、更に引き延ばされます。「永続敗戦」です。
 その「永続敗戦」を沖縄だけに強いられることを拒むのが、辺野古新基地建設に反対する沖縄の戦いです。


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