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2015年03月05週
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昨年6月から、沖縄の人たちの250日を超えるキャンプシュワブ前の座り込みが続いています。2月に3日、3月に4日の座り込みに参加しました。遅ればせながら、座り込みに参加することになったのは、「沖縄『建白書』」及び一連の文書を読ませていただいて、「心を寄せるなら、行動しろ!」とうながされたからです。
 兵庫県西宮市で、キリスト教の教会と附属する幼稚園の仕事をして、40年近くになります。中でも幼稚園の仕事で大切にしてきたことは、子どもたちを力と言葉で支配しないことです。それは、子どもたちが生きる時の手持ちの力と言葉を奪わないことであると理解してきました。
 18歳の時から兵庫県西宮市に住んで、50歳の1995年に兵庫県南部大地震に遭遇し、数え切れない人たちの応援で生きてきました。その時の経験から始めたのが被災した人たちへの、ささやかとは言え力を尽くしての応援です。2011年3月の東北の大地震・大津波、そして東電福島の事故の際、いち早く被災地を訪ね、原発事故の被災者の応援に力を注ぐことになりました。応援と言っても、事故の事実を学ぶことから始めるよりありませんでしたが、降り注いだ放射能による被曝する人たちの心配に、国やそれを代弁する専門家が「この程度であれば、安心である」と繰り返す言葉に、納得することができませんでした。国やそれを代弁する専門家たちは、「安全である」とは決して言いませんでした。おびただしい量の放射能が降り注ぎました。被曝する人たちの心配に対し、国やそれを代弁する人たちの答えは「この程度であれば、安心」です。中でも、子どもをかかえる親の心配にも同じように「この程度であれば、安心である」が繰り返されました。親というものは子どもたちの健康・命について、どんな小さなことでも気を配り、心配します。気を配り、心配することこそが、何よりの親であることの証しでもあるからです。「安全である」とはしない国やそれを代弁する専門家は、「安心である」「だから心配するな」と、心配する親の心と言葉を封じ込めてしまいました。それは、子どもたちの場合だったら、その子どもたちが生きる時の手持ちの力と言葉を奪ってしまう、人間が、人間として生きる尊厳に対する著しい侵害であると思えました。
 「尊厳」という言葉を、「沖縄『建白書』」について語る「沖縄県議会の意見書」のなかで遅ればせながら見つけました。(「辺野古って、なに?沖縄の心はひとつ/7月27日、沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議結成大会、発言録、沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議:編、七つ森書館)。議会と言う政治の世界で、「尊厳」という言葉は、根源において人間の生き様を問う人たちの存在の発見であり、驚きでもありました。
 人間の人間としての尊厳に、足りないとはいえ尊重することで生きてきた人間として、その尊厳をかけた闘いが行われている、その現場に遅ればせながらでも身を置きたいと願いました。
 そして、辺野古新基地建設反対の、キャンプシュワブ前の座り込みに2月、3月と遅ればせながら参加させていただくことになりました。
 そこでは人間の尊厳をかけた闘いが、言葉通りに繰り広げられていました。聞く耳を持たない相手(日本国)のしかも強大な力に対して、屈するのではなく闘うとしたら、そしてひるまない人間がいるとしたら、キャンプシュワブ前で座り込む人たちでした。2月に3日間、3月4日間、早朝から座り込むおよそ30人くらいの人たちの一人になりました。ゲート前に、午前6時頃に集まり、海上保安庁、沖縄防衛局、工事車両が基地に入るのを阻止する「早朝行動」です。事前に確認している車両ナンバーの車が現れると、車の前に立ちはだかって阻止するのです。その度に警察、機動隊によって実力排除され、それが繰り返されます。3月25日、その阻止行動で押し倒された2人が頭と胸を強打し救急車で病院に搬送されました(2人とも、骨折などはなかった)。
 2人を押し倒したことに対する抗議で、新たな抗議行動がゲート前で繰り返されました。
 その抗議も又、人間の尊厳をかけて闘う人の闘いそのものに見えました。その中心にいた一人が、ヘリ基地反対共の山城博冶さん(沖縄平和運動センター議長)でした。山城博冶さんは、キャンプシュワブのゲートをはさんで対峙する機動隊隊長に押し倒された2人のことで、理を尽くし直接対話を要求しました。若い元気な機動隊員が、抗議・阻止活動に集まっている人たちを排除する時の相手が「相手の多くは高齢者・女性」(大半が高齢者・女性)である時、一定の配慮が必要であると、要求するのです。尊厳をかけて、機動隊員・隊長に問いかけるのです。どんなに尊厳を語りかつ生きたとしても、相手である機動隊員・隊長の尊厳を自分が踏みにじるとしたら、自らの語りかつ生きる尊厳は地に落ちてしまいます。しかし、決してひるまず、決して許さず、機動隊員の隊長の尊厳にかけて対話に応じることを求めるのが、その時の山城博冶さんです。隊長は対話を拒みました。山城博冶さんは「君が隊長として、あるべき人間の尊厳を踏みにじっていることを恥じよ」と更に迫ります。「だから、ここで座り込む」と宣言し、集まっている約60人ほどでキャンプシュワブゲート前に座り込みました。その時の尊厳をかけた座り込みに、機動隊は手出しをしませんでした。
 キャンプシュワブの海側のテントで座り込みを続けていた時の、亡くなった金城祐治さんが、インタビューで答えていた時の言葉の一つが「辺野古の闘いにヒーローはいらない」でした。「…みんな一生懸命やった中で、ヒーローはヒーローの責任を負う」「国とアメリカと、対峙していけるか、素地を積み上げてきたゆうことですね。我々がやってきたものは」(「辺野古・新海上基地建設反対運動の特質と参加者のライフヒストリー」/金城祐冶、専修大学文学部鐘ヶ江研究室)。
 沖縄の辺野古新基地反対を闘っているのは英雄ではなく、無名のそこに集まった一人一人です。山城博冶さんの「座り込もう」の声に座り込むのは、そこに集まった無名の無防備の一人一人です。山城博冶さんは、無防備の人間を手荒に扱うなと機動隊一人一人に要求し、手荒に扱うことがあれば、その都度、機動隊員たちに、隊長に語りかけ、要求を繰り返します。尊厳をかけて生きる人の尊厳をかけた闘いは、それがかけらでも踏みにじられる時、その一つ一つを決して見逃しはしないし、おろそかにしないのです。
 尊厳が踏みにじられている時、それを阻止する行動の座り込みは、山城博冶さんと沖縄の人たちが選ぶ行動です。その行動への手荒な対応には、存在をかけて抗議します。そして座り込みます。そして「座り込め、座り込め」と繰り返し歌います。辺野古の海では、工事の為に張りめぐらせたフロートを「フロートを乗り越えよ、フロートを乗り越えよ」と歌いながら、カヌーをこぐ人たちが越えて行きます。
 政府・米国(軍)によって建設が強行されている、辺野古新基地は普天間基地の単なる移設ではありません。2本の滑走路と300メートル近い揚陸艦の岸壁を備えた「新基地」そのものです。新基地は、米海兵隊の実践訓練の要として、かつ常時、臨戦態勢で世界中の戦争を視野においた基地にもなります。その為の軍用車両、航空機(オスプレーなど)が、昼夜を高度、方向など一切問わず離着陸を繰り返し、沖縄の人たちの生活を今よりさらに脅かすことになります。


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