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2015年05月03週
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「詩」というものに、身近に出会うことになった長田弘(おさだ ひろし)が亡くなりました。新聞で紹介された「詩というものが、こんなにも解りやすく、そして新鮮なものなのだ」という長田弘の「食卓一期一会」を、「それじゃ!」と買い求めて読み、紹介どおりの長田弘と詩のファンになりました。

 冬はおもいきって寒いのがいい。
 風はおもいきって冷たいのがいい。
 頬は赤く、息は真ッ白な冬がいい。
 子どものころ、田舎の冬がそうだった。
 空気がするどく澄んでいて、
 終日、ぼくは石蹴り遊びに熱中し、
 搗きたての餅が大の好物だった。
 じんだ餅。たかど餅。つゆ餅。
 のり餅。くるみ餅。なっと餅。
 あんころ餅。ねぎ餅。からみ餅。
 餅は食べかたである。
 つくりかたでさまざまに名が変わる。
 つくるとは、名づけること。
 おふくろが一つ一つ教えてくれた。
 鉄は熱いうち、餅は搗きたて。
 冬のおふくろの言葉を
 まだ覚えている。
(「食卓一期一会/餅について」)

 次から次へと掘り起こされ、鮮やかによみがえる言葉、それが中心を外さずに明示する言葉の力が長田弘の詩でした。という長田弘の詩のファンになって、25年が経ちました。 
 1988年から刊行された<双書・20世紀紀行>(全12巻、晶文社)の“巻末”に掲載された、鶴見俊輔と長田弘の対談が一冊にまとまったのが「旅の話」(1993年、晶文社)です。その「旅の話」がきっかけになり、<双書・20世紀紀行>を読むことになりました。「アフガニスタンの風」(ドリス・レッシング)で、文字通り遠い世界だったアフガニスタンが身近になりました。ソ連侵攻を「大破局」とした人々の、その大破局と闘って生きたアフガニスタンは、アメリカのアフガニスタン攻撃で、もう一度、更に悲惨な戦争を強いられることになります。ドリス・レッシングの「アフガニスタンの風」は悲惨な戦争の後の戦場の更なる悲惨を予測させずにはおきません。しかし、そこで生きる(死んで行く)一人一人の人間の限りない魅力は、極限の悲惨を、ただの闇に終わらせないように読めました。同じ双書の「アレクサンドリア」(E・M・フォスター)がきっかけで、アレクサンドリアのそれぞれの時代、中でもキリスト教が多様であった時代について、どんなキリスト教の歴史よりもわくわくして読んで知ることになりました。
 そして「旅の本」で鶴見俊輔と長田弘の更なるファンになりました。
 1995年1月17日の、兵庫県南部大地震で亡くなった、18歳以下の子どもたちは514人です。亡くなった子どもたちの記憶・記録を少しずつ埋める、一年毎の区切りに「大地震子ども追悼コンサート/ぼくのこと まちのこと きみのこと」を開催してきました。1998年の2回目のコンサートの亡くなった子どもたちの記憶・記録に、「小道の収集」(長田弘、講談社)冒頭の「最初の質問」を本人の了解を得て使わせてもらうことになりました。1994年1月17日にすべての日常が途絶えた子どもたちと、生きている人間との決して埋めることのできないへだたりを、「最初の質問」が問いかけているのを、肝に銘じながら使わせてもらいました。

最初の質問
 今日、あなたは空を見上げましたか。空は遠かったですか、近かったですか。
雲はどんなかたちをしていましたか。風はどんな匂いがしましたか。あなたにとって、いい一日とはどんな一日ですか。「ありがとう」という言葉を、今日、あなたは口にしましたか。
 窓の向こう、道の向こうに、何が見えますか。雨の雫をいっぱい溜めたクモの巣を見たことがありますか。樫の木の下で、あるいは欅の木の下で、立ちどまったことがありますか。街路樹の木の名を知っていますか。樹木を友人だと考えたことがありますか。
 このまえ、川を見つめたのはいつでしたか。砂のうえに坐ったのは、草のうえに坐ったのはいつでしたか。「うつくしい」と、あなたがためらわず言えるものは何ですか。好きな花を七つ、あげられますか。あなたにとって「わたしたち」というのは、誰ですか。
 夜明け前に啼きかわす鳥の声を聴いたことがありますか。ゆっくりと暮れてゆく西の空に祈ったことがありますか。何歳のときのじぶんが好きですか。上手に歳をとることができるとおもいますか。世界という言葉で、まずおもいえがく風景はどんな風景ですか。
 いまあなたがいる場所で、耳を澄ますと、何が聴こえますか。沈黙はどんな音がしますか。じっと目をつぶる。すると、何が見えてきますか。問いと答えと、いまあなたにとって必要なのはどっちですか。これだけはしないと、心に決めていることがありますか。
 いちばんしたいことは何ですか。人生の材料は何だとおもいますか。あなたにとって、あるいはあなたの知らない人びと、あなたを知らない人びとにとって、幸福って何だとおもいますか。時代は言葉をないがしろにしている−あなたは言葉を信じていますか。

 「詩人が贈る絵本」シリーズの、長田弘訳の絵本が「夜、空をとぶ」(ランダル・ジャレル、絵 モーリス・センダック)、「いちばん美しいクモの巣」(アーシュラ・K・ル=グウィン、絵 ジェイムス・ブランスマン)などです(全7巻)。子どもたちと楽しむ絵本にしては、少し難しそうに見えますが、話のすじはしっかりしていて、生きものたち(子どもたちも)の生きた世界の魅力がしっかりと描かれています。
 長田弘は、生まれは福島市です。「わたしは福島市の生まれである。ほぼ50年前に家ごと東京に移ってそれっきりになったものの、東日本大震災の被害を受けた福島の土地の名の一つ一つは、わたしの幼少期の記憶に強く深く結びついている。幼少期の記憶は『初めて』という無垢の経験が刻まれている、いわば記憶の森だ。その記憶の森の木がことごとくばさっと薙ぎ倒されていったかのようだ」(「詩の樹の下で」あとがき、2011年12月2日、長田弘、みすず書房)。

独り立つ木
 ひときわ枝々をゆたかにひろげて、やわらかな影を落としてきた一本の大きな欅の木。
 雨の日には雨の影を、晴れた日には日の色を、夜には夜の薄闇を、巡る季節のなかにじっと畳んできた、静かな木だ。
 うつくしい樹冠をもつ、孤高の木。
 その木を独り立つ木にしたのは、みずから森を失いつづけてきた、人間の長いあいだの営みの結果にはちがいない。
 けれども、独り立つその木を目の前にすると、いつのときも、独立とは本来こんなに無垢な在り方をあらわす言葉だったのかという思いに引き入れられる。
 たった一本、これほどにも高い欅の木がそこに在るという、ただそれだけの爽快な事実。ただ在るというだけのことが、その木のように潔く存在することであると知ることは、日々のなぐさめだ。
 秋の、ある朝。突然、音もなく、一挙に、欅の木の全体が、鮮やかに変わっていた。青空に色づく葉の季節がきたのだ。

「食卓一期一会/餅について」に登場する餅の、じんだ餅・なっと餅を食べるのは長田弘の東北の人たちです。

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