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2015年05月04週
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 旧約聖書の、出エジプト記の1章〜20章までを久しぶりに通読しました。「イスラエルびとなるこの民」(出エジプト記1章9節)が、エジプトから脱出した経緯や理由を改めて考えさせられることになりました。
 ヨセフの働きで「家族を伴って、エジプトに行ったイスラエルの子ら」は、移住した時は少なからず歓迎されていましたが、「ヨセフのことを知らない王」の時代になった時、そして「子孫は多くの子を生み、ますますふえ、はなはだ強くなって、国に満ちるようになった」ため、「エジプトびとは彼らの上に監督をおき、重い労役をもって彼らを苦しめた」という結果になります。とにかく「いよいよふえひろがるので、彼らはイスラエルの人々のゆえに恐れをなした」のです。イスラエルの人々が更にふえるのを恐れたエジプト王のパロは「…産み台の上を見て、もし男ならそれを殺し」を助産婦たちに命令します。「神をおそれる」助産婦たちは、王の命にもかかわらず男の子たちを生かす道を選びます。結果、パロの娘の子となって生きのびるのがモーセです。
 エジプトのイスラエルの人々の苦役は続き、その叫びは神に届きます。神は、苦役の地から「エジプトびとの牛から救い出す」役割をモーセに託します。そんなモーセの前に立ちはだかるのが、当のイスラエルの人々とエジプトの王パロです。「モーセはこのようにイスラエルの人々に語ったが、彼らは心の痛みと、きびしい奴隷の務のゆえに、モーセに聞き従わなかった」(6章9節)。エジプトの王パロは、神がモーセを通して示す教えのしるしにもかかわらず、イスラエルの人々を去らせることを拒み続けます。「すなわちパロは心をかたくなにし、主がモーセによって語られたように、イスラエルの人々を去らせなかった」(9章35節)。
 モーセとエジプトの王パロのいつまでも続くせめぎあいについて、神が“解説”してます。「そこで、主はモーセに言われ『パロのもとに行きなさい。わたしは彼の心とその家来たちの心をかたくなにした。これは、わたしがこれらのしるしを、彼らの中に行うためである。また、わたしがエジプトびとをあしらったこと、また彼らの中にわたしが行ったしるしを、あなたがたが、子や孫の耳に語り伝えるためである。そしてあなたがたは、わたしが主であることを知るであろう』」(10章1、2節)。延々と続き、更に延々と続く、モーセとパロのせめぎあいは、「あなたがたが」それを「子や孫の耳に」語り伝えるため、更に、「あなたがたが」「わたしが主であること」を、とことん思い知るための、必要欠くべからざる手順(手続き!)なのです。そうして、主なる神によって示された必要欠くべからざる手順も、その意味も、簡単に、当のイスラエルの人々からは吹っ飛んでしまいます。「かつモーセに言った『エジプトに墓がないので、荒野で死なせるために、わたしたちを携え出したのですか。なぜわたしたちをエジプトから導き出して、こんなにするのですか。わたしたちがエジプトであなたに告げて『わたしたちを捨てておいて、エジプトびとに仕えさせてください』と言ったのは、このことではありませんか。荒野で死ぬよりもエジプトびとに仕える方が、わたしたちはよかったのです』(14章11、12節)。
 一旦は、「意気揚々」とエジプトを後にしたものの、エジプトびとの「戦車と騎兵」が後ろに迫った時、イスラエルの人々は「わたしたちを捨てておいて、エジプトびとに仕えさせてください」と、簡単に方針転換してしまいます。迫ってきたパロの軍勢は、その時主なる神の働きによって全滅し、モーセとイスラエルの人々は「主の勝利」を歌ってたたえます。その歌の末尾で「主は永遠に統べ治められる」と歌います(15章18節)。
 なのに、あれこれと起こる苦難のたびにイスラエルの人々はつぶやきます。「…主の手にかかって死んでいたら良かった。あなたがた(モーセとアロン)は、われわれをこの荒野に導き出して、全会衆を餓死させようとしている」と、心変わりを繰り返します。
 けれども、けれどもと言うしかないのかもしれませんが、モーセによってイスラエルの人々は、エジプトからの脱出を果たします。そこが奴隷の家で、とりあえず飲食が可能で、家族の営みらしいものがあればそれで満足とするより、自由であることを選ぶのです。その時の、イスラエルびとを導くのがモーセです。モーセは、選んでそれをした訳ではありません。「モーセは主に言った、『ああ主よ、わたしは以前にも、またあなたが、しもべを語られてから後も、言葉の人ではありません。わたしは口も重く、舌も重いのです』、更に、『ああ、主よ、どうか、ほかの適当な人をおつかわしください』」(4章10、13節)。たとえ奴隷であっても、とりあえずの衣食住が約束され、いくばくかの安住の地である時、なかなか人間はそこからの脱出を選ばないものなのです。なのに、脱出が企てられ、その指導者にモーセは選ばれます。
 イスラエルびとの、エジプトからの脱出は、すべての歯車がうまくかみ合ってではなく、全く逆に、かみ合わないながら、時には歯車を壊すことを繰り返しながらであっても、事は起こって行くのです。万全の体勢の不動の決意ではなく、ゆらぎを繰り返しながら事が進むのは、そして隷属しないということは、人間として自分の生き方を自ら選ばなければならないからです。
 辺野古新基地建設反対を要求する沖縄の人たち35,000人が5月17日に集まり、その「決して屈しない決意」を新たにしました。「翁長知事は『辺野古の新基地を阻止することが普天間問題を唯一解決する政策だ』と辺野古反対の姿勢をあらためて表明。あいさつの最後には安倍晋三首相に対し、『ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしてはいけません)』と訴えると、参加者は約一分間総立ちになり、拍手が鳴り響いた」(5月18日、沖縄タイムス)。
 70年前、沖縄が戦場になった時も、敗戦とサンフランシスコ講和条約の後も沖縄が米軍支配に置かれた時も、「日本復帰」の後の沖縄の米軍基地(それを日本が了解してきた)も、沖縄の人たちに選択の余地はありませんでした。その事実を、翁長雄志知事は、安倍政権に向けた発言で明らかにしてきました。
 「沖縄県が自ら基地を提供したことはない。県民がいる所は銃剣とブルドーザーで基地に変った。(普天間飛行場)今や世界一危険になったから、危険性の除去のために『沖縄が負担しろ』『お前たち代替案を持っているのか』と。こういった話をすること自体が日本の政治の堕落ではないか」
 「米軍政下の最高権力者キャラウェイ高等弁務官が『沖縄の自治は神話』と言った。官房長官が(辺野古移設を)『粛々と』と言うと、キャラウェイ高等弁務官の姿が重なり合う。私たちのこの70年間は何だったのかなと率直に思う」
 「(米軍は)土地をプライス勧告で強制的に買い上げしようとした。貧しい時期だったから、県民はお金が欲しかったと思うが、力を合わせて阻止した。自治権獲得の歴史は『粛々』という言葉には決して脅かされない。上から目線の『粛々と』という言葉を使えば使うほど、県民の心は離れて怒りは増幅していく。辺野古に新基地は絶対できないという確信を持っている」(以上、5月14日、朝日新聞)。
 この「銃剣とブルドーザー」「キャラウェイ」「プライス勧告」は、どんなに隷属を強いられても、それを「力を合わせて阻止した」沖縄の人たちが生きた70年の歴史を照らし出す一方、沖縄の人たちに隷属を強い、自らは70年の隷属の歴史を今も生き続けてきている日本人の姿を露わにせずにはおきません。
 モーセの働きによってエジプトから脱出したイスラエルの人々は、脱出前も脱出後もモーセはと言えばある意味で何ひとつ変わっていませんが、奴隷であり続けることからは脱出しました。繰り返し耳にタコができるくらい「子や孫の耳に語り伝え」続けなければならないにしても、それでも伝え続ける覚悟はしていました。
 隷属に甘んじることを拒み、隷属を拒む沖縄の人たちをないがしろにする日本人に、「ウチナーンチュ、ウシェーティナイビランドー(沖縄の人をないがしろにしてはいけません)」と、やさしい言葉で、翁長知事は返します。そんな言葉をどこ吹く風に、甘んじて隷属し続ける日本人は、辺野古新基地建設を「粛々と」進めることに加担し続けます。
 宮崎駿の代表作の一つが「風の谷のナウシカ」です。「火の7日間戦争」で、世界のほとんどが滅びた後も、なお人間たちは戦争を繰り返します。「おろかなやつだ…たったひとりで、…世界を守ろうというのか…ナウシカ」(「風の谷のナウシカ」ワイド版巻2、徳間書店)という、ナウシカと風の谷の仲間たちを描くのが宮崎駿の「風の谷のナウシカ」です。「沖縄の人たちがそういう覚悟をするなら、支援するしかないと思いました」という言葉で宮崎駿が立ち上がり「辺野古基金・共同代表」に就任するのは、及ばずとは言え「世界を守る」ことに向き合って作品を作ってきた人間としての共感からであるように思えます。 

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