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2014年11月01週
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書店で手にした「ファーブル昆虫記」(奥本大三郎、NHKテレビテキスト)で、あれこれファーブルやファーブルに関するものを読み始めています。更に、そのテレビテキストがきっかけの始まりで、「ファーブル昆虫記」の翻訳(完訳)に取り組んでいる奥本大三郎さんに、西宮に来ていただくことになり、「完訳」の「ファーブル昆虫記」を読み始めています。テレビテキストの「ファーブル昆虫記」をもう一度読み直して、いっぱい見落としていたことに気がついています。中でも、ファーブルが昆虫記で何に挑もうとしているのか、研究の意味について、ファーブルの言葉で、奥本大三郎さんが紹介している文章を、すっかり見落としていたことに気付きました。
  「…ファーブルは、自分がアルマスで行う研究の結果の意義、そして『昆虫記』に記す内容について、それを馬鹿にする学者たちを糾弾して次のように言います。
  あなた方は虫の腹を裂いておられる。だが私は生きた虫を研究しているのです。あなた方は虫を残酷な目にあわせ、嫌な、哀れむべきものにしておられる。私は虫を愛すべきものにしてやるのです。
  あなた方は研究室で虫を拷問にかけ、細切れにしておられるが、私は青空の下で、セミの歌を聞きながら観察しています。
  あなた方は薬品を使って細胞や原形質を調べておられるが、私は本能の、もっと高度な現れ方を研究しています。
  あなた方は死を詮索しておられるが、私は生を探っているのです。
                  (第二巻第一章)
そして、自分が『昆虫記』を書くのは、本能の謎に挑もうとする、とりわけ若い人のためである。学者たちによってつまらないものにさせられてしまった博物学を、もう一度若者たちが好きになるようにするためである―と宣言します」。
テレビのテキストの「『昆虫記』を和訳したした者たち」で大杉栄が紹介されていたのには、びっくりしていたのに、その右のページの「研究の意義」「謎に挑む」という「ファーブル昆虫記」を自ら完訳することになった、奥本大三郎さんの大事な「意義」「挑戦」を見落としていたのです。
 このファーブルの「意味」「挑戦」は、急に「ファーブル、ファーブル!」と言い出したのを耳にしてAさんが届けてくれた新聞記事にもちゃんと紹介されていました。「虫に生を探したファーブルの挑戦」(福岡伸一、10月12日、日経)。「解剖図は、拍動と呼吸を失った死体の塗り絵であり、レンズの下の細胞は、蛹で固められ、薄切りにされた生命の抜け殻でしかない。ファーブルはそのことについて極めて自覚的だった。先鋭的ですらあった。彼は高らかに挑戦状を叩きつけている」とあって、前掲の「あなた方は虫の腹を裂いて」が紹介されています。
 公同文庫には奥本大三郎訳、解説の「ファーブル昆虫記」(いわゆるジュニア版)が並んでいました。「ジュニア版『ファーブル昆虫記』」は、各巻の巻末に奥本大三郎さんによる「虫って何だろう」という、年少の読者が昆虫を理解する基本が解説されている、まさに「ジュニア版」です。20年以上前に発行された「ジュニア版『ファーブル昆虫記』」は、公同文庫の奥の暗い棚に並んでいて、(隣りの「シートン動物記」同様)借りられることのほとんどない本でした。
 子どもの頃、昆虫と言えば田んぼの稲などに被害を与える害虫でしたし、「昆虫少年」でもありませんでした。たぶん昆虫に目覚めたのは、1988年に発行された「昆虫記」(今森光彦、福音館書店)でした。1994年に発行された、同じ今森光彦さんの「世界昆虫記」(福音館書店)は、幼稚園のクラスの数の分を購入して、クラス毎に置くことになりました。
 そんな程度の昆虫との付き合いでしたが、部屋の書棚には、何冊か昆虫の本が並んでいます。「蝶の島/沖縄探蝶紀行」(三木卓、桐原書店)、「蝶」(ヘルマン・ヘッセ、岩波同時代ライブラリー)、そして、奥本大三郎さんの「虫の宇宙誌」(青土社)、「百蟲譜」(平凡社)などです。そのいずれも、少し目を通すことがあっても、ほとんど本棚に並んでいる程度だったように思います。今、改めて「百蟲譜」を読み始めています。「百蟲譜」は、虫にちなんだ“古今東西”の短編・小品を奥本大三郎さんが選んで紹介し、巻末にはそれぞれについてのエッセーがつづられています。「百蟲譜」の2番目が、ヘルマン・ヘッセの「蝶」の中の「クジャクヤママユ」です。ヘッセの「蝶」の方には、「百蟲譜」にはない「多彩色の銅版画などのカラー図版」で、クジャクヤママユ他3種類、特に「クジャクヤママユ」がそれはそれは見事に文章に配置されています。昆虫の「人を魅いる魔力」のことも、「胸をドキドキさせながらぼくは尾翅テープをはずしてしまいたいという誘惑に負け、とめ針を抜いた。すると四つの大きな不思議な眼がぼくをじっと見た。図版でみたものよりはるかに美しく、すばらしかった。見ているうちに、このすばらしい蛾をどうしても手に入れたいという抵抗しがたい欲望を感じて、何のためらいもなく生まれてはじめて盗みを犯してしまった」という具合に描かれているのがヘッセの「蝶」です。
 「百蟲譜」のカバーには「『ファーブル昆虫記』の翻訳で著名な仏文学者が、虫とその背景にある文化に対する熱き想いをこめて編む、豪華絢爛かつ蝶瞰的エッセー付き虫文学アンソロージー-『子どもだけが感じることのできる、あの、何とも表現しようのない恍惚状態』」と、昆虫に熱い奥本大三郎さんのことが紹介されています。公同文庫に並んでいる奥本大三郎さんの虫の絵本、「昼の虫 夜の虫」「夏の虫 夏の花」「冬の虫 冬の自然」(福音館書店)は虫たちを軸に、広く深く生きものたちの世界を身近に子どもたちに見せてくれます。

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