日本キリスト教団西宮公同教会・西宮公同幼稚園
教会について
礼拝・諸集会のご案内
小さな手・大きな手
公同通信
教会学校について
公同幼稚園について
どろんこと太陽
関西神学塾:スケジュール
関西神学塾:講師紹介
楽しい学習
賃貸住宅事業部とは
テナントについて
活動内容
アートガレーヂについて
催し物のご案内
リンク
アクセスマップ
お問い合せ
width=1
top>小さな手大きな手
width=639
小さな手大きな手

height=1
2014年06月02週
height=1
今年も、統一マダンに参加させていただき、
ありがとうございました。
 私たち、西宮公同教会教会学校は、兵庫県南部大地震ボランティアセンター、被災者生活支援長田センターと協力し、2011年3月11日の、東北の大地震、大津波、そして東電福島の事故の被災地・被災者を支援しています。
・国産小麦と白神こだま酵母を使い、篠山市後川の水でこね、マキ窯で焼いたパンを、東北の被災地・被災者に届けています。お届けしたパンの累計は、5月22日の分を含め、5608個プラス1000個です(1000個は、2011年6月8日に、東電作業員の皆さんにお届けしました)。
・放射能から子どもを守る家プロジェクトで、主として西宮に保養で来られる子どもたちと家族を支援する働きに協力しています。
 保養で福島から来られた人たち
 2012年度 16家族 大人31人 子ども35人
 2013年度  9家族 大人15人 子ども19人
・福島の子どもたちに、私たちのメッセージと、“折りバラ”を届ける働きに協力しています。
・福島の子どもたちに“風ぐるま”を届ける働きに協力しています。
・宮城県石巻市立町復興ふれあい商店街の皆さんとの、“よもぎもち、もちつき隊”(2011、12、13年に実施)、“ふろしきプロジェクト、及び小さなかもめ合唱隊”“アーケード・プロジェクト”などに協力しています。
 私たちが、教会学校で歌っている歌を聞いていただき、ありがとうございました。
 一緒に歌っていただき、ありがとうございました。
                               2014年6月1日
                   西宮公同教会・教会学校

6月1日に新長田駅近く、若松公園(鉄人28号!)で開催された統一マダンに西宮公同教会教会学校を中心に子ども9名、大人17名で参加しました。
マダンとは「広場」という意味です。朝鮮半島の和解と統一、平和なアジア、差別のない社会を願い、1994年から民族祭りとして始まりました。統一マダン神戸は全国の統一マダンの主旨に加えて、兵庫県南部大地震の復興を願い、1997年から民族、宗教、文化、習慣、老若男女を問わず、みんな同じ「広場」に集まる意味を込めて毎年開催されています。西宮公同教会教会学校は、子どもたちが遊びで集まれる場所づくりに「射的」で参加してきました。統一マダンは2011年からは東日本の大地震・大津波、東電福島の原発事故被災地、被災者に寄り添うことも含まれています。
マダンは東京・神奈川(川崎)・名古屋・三重(四日市)・京都・大阪(生野)・神戸の全国七ヶ所で開催され、神戸では18回目になりました。
 今年は被災者生活支援・長田センターと隣接して一緒に行いました。同じく子どもたちの集まれるイベントを用意してきたNPO法人「まいど いん あまがさき」の見市さんが声をかけてくれて、案内されたのが射的のテントのすぐ隣の場所でした。見市さんは8月1日に行われるソウル・フラワー・モノノケサミットコンサートの実行委員の仲間です。午後から参加の射的でしたが開始と共に多くの子どもたちが並んで楽しんでくれました。
 午後2時30分からはステージにて「海と波のエレジー」「フクシマ」を歌いました。事前に歌と左記の感謝の言葉を印刷したものを会場内で配布していたので、ステージから見ていても、多くの方が2番以降一緒に歌ってくれているのが分かります。「日本語がよく分からない」と笑いながらも紙を受け取ってくれた高齢の女性も、寄り添うこと、支え合うことの大切さを、一緒に歌ってくれることで示してくれていました。
昨今ヘイトスピーチが広まる中で、在日の方々への風当たりが厳しくなっています。ヘイトスピーチは、国籍や人種、宗教など特定の属性を持つ集団への暴力や差別をあおったり、侮辱したりする行為全般を指しますが、日本には直接規制する法律はないのが現状です。人が人として共に生きる場に、教会学校の子どもたちが参加することはとても大切なことです。
 ゲストは大道芸のちゃんへんさんでした。大道芸世界大会“中国ごま”の部で2年連続優勝したちゃんへんさんは、日差しが目に入る悪条件の中でも素晴らしいパフォーマンスで会場を沸かせていました。持ち時間の最後にラップで歌った「根無し草」には、「人にはそれぞれ厳しい環境の中にあっても、それを力に変えて生きていくしかない」というメッセージが込められていました。在日三世*として生きていくことの厳しさと、それでも寄り添って生きることで生まれる輪が未来につながることを伝えていたように思います。
*1910年の日韓併合から1945年まで植民地支配の中で朝鮮半島から農作物、地下資源、労働力の収奪が日本によって行われ、土地を奪われた多くの人が職を求めて日本にやってきました。終戦後約53万人以上が補償もなく、また帰国することもできない状況で全国各地に小さな集落を作り、異郷の地である日本で生きていかざるを得なかったのがちゃんへんさんのおじいちゃんたち在日一世です。ちゃんへんさんも自身のブログで「宇治市ウトロ地区の在日三世」と公開しています。
height=1
[バックナンバーを表示する]
height=1


フ皃width=80

Copyright (C) 2005 koudoukyoukai All Rights Reserved.