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2015年11月01週
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井戸 謙一様

先日、福島原発告訴団関西より、依頼のあった署名を少しだけ届けさせていただきます。
 集団疎開裁判の提起は、東電福島の事故のあとの状況に風穴を開ける、待ちに待った挑戦でした。
 2月から、辺野古キャンプシュワブの座り込みに参加することになり、原発告訴団の東京集会の参加などが少し途切れがちになっています。そのことについて、又こうしてお手紙を差し上げることになった経緯などを少し書かせていただきます。
 原子力発電所をめぐる問題については、小林圭二さんの働きを通し少しは理解していましたが、具体的な取り組みらしきものにはしてきませんでした。井戸さんの志賀原発差し止め判決についても、少し記憶に残っている程度でした。
 東電福島の事故の衝撃に突き動かされるようにして、起っている事実とかけ離れた報道に、強い違和感を覚えながら感想らしきものを書き始めました。そんな時に目にしたのが、新聞の井戸さんのインタビュー記事でした。インタビューに応答する一つ一つの言葉がその誠実さにおいて説得力があり、その姿勢を崩さずに裁判官として生きる姿に新鮮な驚きを覚えました。
 その頃だったと思いますが、東北へ行き来している折に手にした河北新報で目にしたのが、集団疎開裁判の提起の小さな記事でした。新聞社に電話し「弁護士名なら!」ということで井戸さんのことを教えてもらいました。重大事故で被曝を余儀なくされることが、作業員はもちろん、広く福島の子どもたちに及ぶにもかかわらず、何一つ「責任」が問われない状況に「なぜ、どうして!!」という思いが強かった時に、「やっと始まった!」ことが嬉しくて、さっそく電話をさせていただきました。
 事故からそんなに経っていない時期に、「事故現場に送り込まれた自衛隊員は、最大限の保証が約束されている」ことの関連で問われた東電の社長は「一般の作業員については検討していない」と答えていました。その時の、被曝についての東電の感覚は、子どもたちが被曝する場合の応答と変わりませんでした。極限の事故の衝撃と、その後に登場する東電など責任者の無責任な言動の数々に対して、やっと当事者による責任の追及が、集団疎開裁判の提起で始まること、その弁護人の一人の井戸さんに感謝の言葉を届けたい一心で電話をさせていただきました。その時の井戸さんも、その後直接お会いした井戸さんも、新聞のインタビューで答えておられたそのままの人でした。
 先日お届けしたパンは、20年前の兵庫県南部大地震の折に入手した焼却炉が2011年に変身したマキ窯で焼いています。試行を経て、白神こだま酵母、自然水、国産小麦で少し本格的に焼き始めた時に起こったのが、東北の大地震・大津波、そして東電福島の事故でした。東電福島の後を生きる人間にとって、自然の営みのすべてが汚染されてしまった時、マキ窯で焼き始めたパンは、象徴的な意味を持っていました。2011年度は毎週、それ以降は月に2回、パンを焼いて福島を中心に届けさせてもらっています。今年、7〜9月には飯舘村から川俣町に避難している3つの小学校、幼稚園の子どもたち全員に、パンを届けました。3つの小学校の5,6年生の図工の授業も、2014、2015年と現地でお手伝いさせていただきました。そうして飯舘から避難している子どもたちの川俣の仮設校舎の通学路の周辺の線量は、0.3〜0.5μ㏜/hで、すぐ近くに川俣高校もあり、生徒たちが通学しています。何一つ防御することなく、そこで普通に生活し、被曝し続ける子どもたちの「生命の尊厳」がおびやかされ続けているのが残念です。
 2月から、辺野古キャンプシュワブ前の座り込みに参加することになったのは、「生命の尊厳」という言葉を、沖縄の人たちの辺野古新基地建設を拒む闘いの言葉の中に見つけたのがきっかけです。今の世の中で真正面に「生命の尊厳」をすえて闘う人たちがいるのは新鮮な驚きでした。それは、小林圭二さんが著した高速増殖炉の本「動かない、動かせない『もんじゅ』高速増殖炉は実用化できない」を出版している七つ森書館発行の「辺野古って、なに?沖縄の心はひとつ」(沖縄「建白書」を実現し未来を拓く島ぐるみ会議編)で見つけた言葉です。イラク戦争の折に、イラクの核施設がどんな影響を受けているのか、小林圭二さんに講演をお願いしたことがきっかけで、七つ森書館とのお付き合いが続いていました。断続的に届けられる出版案内で見つけた「辺野古って、なに?沖縄の心はひとつ」で語られていたのが「人間の尊厳」です。この国では、使われることのなくなった「死語」の尊厳を盾にして闘う人たちがいるのなら、その闘いの辺野古の現場に自分でも一人の人間として座ることを決め、当面一年間、月に2〜3日の休みをもらって参加しています。少しずつ現場の状況にも慣れ、訪れる度に座り込み現場における緊迫の度が増して行くのを感じていました。一方で、この座り込みの闘いの根底に沖縄の人たちが据えている「人間の尊厳」は、福島の人たち、子どもたちを脅かされているものと、全く同じであることを、辺野古を訪れるたびに一層強く感じさせられています。
 5月に、辺野古の闘いの現場のリーダーとして大きな存在だった山城博治さんが、病気で離れた後、別の人たちがその役割を交代でするようになりました。その一人一人が、自分の「人間の尊厳」をきっちり語るのは、辺野古の闘いが広く沖縄の人たちによって共有されているからだと思います。その中の一人で、激しく「人間の尊厳」を語る人がいて、その人がたまたま読んでいた「沖縄差別と闘う/悠久の自立を求めて」(未來社)の著者、仲宗根勇さんでした。6月の辺野古では、機動隊の手袋が、ゴムイボ付きの軍手に変わっていました。「それは、人間をモノとして扱うことであって許せない!」とマイクで咬みついていたのも仲宗根さんです。2010年に簡裁の裁判官を退官し、沖縄の闘いの最前線に立たざるを得なくなったのは、たぶんこの人の中に流れている沖縄人の魂がそれをさせているのだと思います。前掲の著書や、辺野古の現場の叫びから強くそれを感じます。
 10月末、国による埋め立て「『取り消し』停止」を決定した前日、そして当日の辺野古の現場で、仲宗根さんの「人間の尊厳」を踏みにじられることへの怒りは頂点に達しました。血を吐く勢いで、しかし理路整然と語ったのは別紙の内容の提言です。提言が県当局によって葬り去られた取り返しのつかなさの残念無念を、血を吐くように吠えるように語り切った仲宗根さんは、座り込む仲間たちの間に崩れるように座り込みました。
 沖縄の辺野古の闘いは、国はもちろん闘う沖縄の人たちにとっても、大小の政治の流れの中で動いているし、そうあらざるを得ないのが現実のはずです。沖縄の闘いが「オール沖縄」を前面に出すとすれば、それもまた政治の中でしか決められなくなりますから、仲宗根さんの提言が葬り去られるのもあり得ることです。しかし、沖縄人の魂で生き「人間の尊厳」を寸分も譲らない、間違ってはいないとする仲宗根さんの怒りが、血を吐くような吠え声になるのだと思います。「人間の尊厳」を生きる人たちを、そこまで追い詰める日本とその国の一人として、許されてはいない自分に身を固くしてそこに座っているよりありませんでした。
 10月29日の新聞の夕刊(朝日)は、「辺野古の埋め立て着工/政府、反対派は強く抗議」となっていました。たぶん、新聞は「反対派」と書いてしまう感覚で、何を踏みにじっているか気付いていないはずです。辺野古の現場で座り込んでいるのは「反対派」ではありません。辺野古の現場で、リーダーであれ誰であれ発言する沖縄の人たちは、沖縄では「多数派」の辺野古新基地建設に反対している人たちです。地元の名護市民は辺野古新基地反対を明言する稲嶺進さんを市長に選びました。沖縄県民は辺野古新基地建設反対を明言する翁長雄志さんを知事に選びました。新聞の書く「反対派」は沖縄県民の80%を超える人たちです。賛成派があるとすれば、残りの沖縄の20%ではなくて、それは日本人であり日本政府以外あり得ません。日本という多数派が、沖縄の多数派を力で踏みにじっているのです。新聞が「反対派は強く抗議」と書く時、この構造は見ないし、見えなくしています。
 仲宗根さんが血を吐くように吠えるのは、沖縄の多数が「反対派」に貶められる屈辱の、それを跳ね返す千載一遇の機会を逸することへの残念無念です。この期に及んで新聞が「反対派」と書く感覚が、沖縄の人たちの「人間の尊厳」の前に立ちはだかる日本人であり日本政府です。
 「人間の尊厳」という、この国ではとうの昔に死語になっている言葉を、しかし前面に掲げて生きる人たちがいるとすれば、かけらでも寄り添う人間の一人として、当面1年間、来年1月まで辺野古の座り込みに参加させてもらうことにしています。
 言葉は交わしたことはありませんが、血を吐くように吠えていた仲宗根勇さんは、静かな井戸謙一さんとはずいぶん違いますが、「人間の尊厳」を生きる人としては多分お二人は何一つ変わらないように思っています。
 先日、パンのお礼にと頂いた短いお便りを読みながら、近況らしきものを長々と書いてしまいました。
 パンは、井戸さんから紹介していただいた、松本子ども留学の子どもたちにも届けさせていただいています。
2015年10月30日
菅澤 邦明

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