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2015年11月03週
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 沖縄・辺野古キャンプシュワブゲート前の新基地建設反対の座り込みは、午前6時からの早朝行動(後述)の攻防(?)の後、国道をはさんだ反対側の“テント村”に移り参加者による交流の集まりになります。2月から、ほぼ毎月参加していますが、“その他”普通の人としてなるべくテント村の隅っこに座るようにしてきました。6月になって、およそ45年ぶりの知人と出会うことになりました。Tさんです。Tさんは神戸で高校の教師をしていましたが、故郷の沖縄に戻り、定年まで公立高校教師を勤め、70歳を越して辺野古の新基地反対にカヌー隊の一員として、参加することになりました。カヌーは70歳を越してからの“初体験”だそうです。
 11月10日には、海が荒れてカヌー隊の行動は早めに切り上げることになった為、Tさんはテント村の集会にも参加することになり、顔を合わせることになりました。で、そのTさんたちに「一言しゃべって!」と言われて、短く自己紹介することになりました。
 「兵庫県西宮市から来ました。2月から毎月、当面来年1月まで続けることにしています。500円玉が大好きで、どんどん貯めているのが、辺野古に来させてもらう資金の一部になっています。
 40年近く、子どもたちと過ごす仕事をしてきました。子どもたちと過ごす仕事で、メシを食べさせてもらっています。仕事で大切にしてきたのは、『子どもたちが、今日いい時間を一緒に過ごし、子どもたちが明日も一緒に過ごしたい、との願いにつながる』仕事です。
 辺野古に『行かなければ!』の思いが強くなったのは、沖縄の人たちがオスプレイの配備、新基地建設に『人間の尊厳』『尊厳を守れ』のもとに立ち上がっているのを知ってからです。
 2011年3月の東電福島の事故で、あってはならない線量(上限20m㏜/年)の放射線の被曝に、子どもたちが曝されることを、国は“良し!”としました。子どもたちの『人間の尊厳』がないがしろにされることに、小さな力の小さな働きですが「子どもを守れ!」を突きつけてきました。今日の、このジーパンのポケットに、友人が大浦・辺野古の海の生きものたちと『子どもを守れ!』を刺繍してくれています。
 よろしくお願いします」
 で、おしりを向けた、ポケットの“大浦・辺野古の海の生きものたち”と“子どもを守れ!”に、大きな拍手で写真にも納まることになりました。
 参加してきた早朝座り込みの様子を紹介すると以下のようになります。一人の参加者の直接体験の断片をつないだ紹介ですから、全く正確という訳ではありません。
 10月9日、10日と参加した座り込みは、それぞれ“491日目”と“492日目”になります。
 △修譴髻沖縄の人たちは辺野古「新基地反対」と、はっきりプラカードに書き、抗議を声にします。
 F本・安倍政治は、「普天間基地の負担を軽減する」為に、「辺野古に基地を移設する」のだと主張してきました。
 ぜ腓箸靴謄悒螢灰廛拭次丙はオスプレイ)の発着訓練を行っている普天間基地を辺野古に移設して建設されるのは、空・陸に海が加わる巨大軍事基地であることが明らかなため、沖縄の人たちは辺野古「新基地反対」をプラカードに書き、抗議しています。
 ズ造蟾みは、午前6時に米軍車両なども出入りする新ゲート向かいのテント前に集り、その日の内容などを確認をすることから始まります。
 6時30分には、新ゲートから北におよそ200メートルの作業用ゲート前に移動し、海保、沖縄防衛局、工事車両などが入るのを待ちます。
 Ц畫7時前、やってきた車両を停止させると、第一ゲート内で待機していた、沖縄県警機動隊がかけ足でやってきて、隊長(らしい、2本線帽子)の、「規制開始!」の声に、座り込みの人たちを力ずくで両脇に押し込め、車両の通入路を確保します。その間、5〜6分です。
 10月末、そして11月9、10日になって、座り込みの様子が一変しました。本格的に座り込むことになり、人の数も、それまでの20〜30人が、40〜50人に増え、11月9、10日には100人を超えるようになっていました。
 沖縄県知事が埋め立て許可を取り消したこと、その沖縄県としての決定(県議会の多数、県民の多数が支持)に対し、国・安倍政権はそのすべてを無視し、本体工事を着工してしまったことで、キャンプシュワブゲート前の抗議の人が増え、今までは立ったり座ったりだったのが、がっちりスクラムを組んで本格的に座り込むようになったのです。
 一方、国・安倍政権は、ゲート前の警備が県警機動隊約30〜40名だったのに加え、警視庁機動隊約120名を送り込み、警備態勢が強化されることになりました。
 そうして「がっちり・スクラムを組んで」いる人たちの平均年齢は、60歳を超えていて、男女は半々くらいです。そんな老男女およそ100人が「がっちり・スクラムを組んで」座り込んで寝っ転がってまず「歌」を歌います。かつて、1970年代の沖縄の本土復帰を求める人たちによって歌われた「沖縄を返せ」がその一つです。
  固き土を破りて 
  県民の(かつて民族だった)怒りに燃える島、沖縄よ
  我らと我らの祖先が 血と汗をもって
  守り育てた 沖縄よ 我らは叫ぶ 沖縄よ
  我らのものだ 沖縄は 沖縄を返せ(返せ!) 沖縄を返せ
 そして、辺野古新基地反対の座り込みで歌われるようになったと言われる“作者不詳”の歌が「座り込め」です。
  座り込め ここへ ここへ 座り込め
  腕組んで ここへ ここへ 座り込め
  ゆさぶられ つぶされた 隊列を立て直す
  時は今 腕組んで ここへ ここへ 座り込め
(2、3番くらいまで歌うことがある)
 中でも「座り込め」を、体全体で歌ってリードするのが、Yさんです。Yさんが、キャンプシュワブゲート前の座り込みに参加するようになったのは、2012年の普天間基地封鎖の時、たまたまそこを通りかかったのがきっかけです。「普天間基地封鎖には私はたまたま通りかかったんです。職場の帰りに宜野湾市役所の前を通ったら市民駐車場の所のゲートを封鎖していて、米兵が前に出ていたんですよね。最初は事故か何かと思い、車を停めて近づいていったら…」(季刊「けーし風、ゲート前の人びと」2015.7)。
 キャンプシュワブゲート前は、10月13日の翁長沖縄県知事による埋め立て取り消しが国・安倍政権によって無効とされた10月29日から、座り込む人の数が増えました。
 対抗するように、国・安倍政権は11月になって警視庁機動隊を約120人をゲート前の警備の為沖縄に派遣しました。
 11月9日、10日の早朝のキャンプシュワブゲート前では、県警、警視庁約150名の機動隊が「規制開始!」の合図で座り込んでいる人たちを排除し始めました。10月までと様子が違うのは屈強な若者が「上手!」にヒジやヒザを武器にして、向ってくることでした。
 これには、現場で座り込みを指揮している、山城博冶さんや大城悟さんが「ここは沖縄だ、警視庁機動隊は東京に帰れ!」と強く抗議し、「帰らないなら、座り込みの人数を増やし、徹底的にやるぞ!」と宣言した11月12日の早朝行動は500人を超え、工事関係車両がゲート内に入るのが約90分以上停止(阻止!)することになりました(12日9時の沖縄タイムスニュース速報など。11月18日には1,000人を超える人が集まると言われています)。
 キャンプシュワブのゲート前に座り込む人たちのことを、新聞は「反対派」と書いたりします。11月7日(土)に翁長沖縄県知事夫人の樹子さんが「(夫は)何が何でも辺野古に基地は造らせない。万策尽きたら、夫婦で一緒に座り込むことを約束している」と挨拶し、座り込みに参加しました(11月8日琉球新報)。辺野古新基地建設に反対しているのも、キャンプシュワブゲート前に座り込んでいるのも「反対派」ではなく、多数の沖縄の人たちが後押ししている知事だったり、多くは島の人たちだったりします。
 その、沖縄の人たちの心を支えているのは、70年前に12万人を超える人たちの血が流され、命が奪われることになった沖縄での地上戦を、決して2度と繰り返してはならないという強い思いであり、ゲート前の座り込みでも集会でも繰り返し、繰り返しそのことが沖縄の人たちの口を通して語られます。

 
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