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2015年11月04週
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「ハウルの動く城1/魔法使いハウルと火の悪魔」(ダイアナ・ウィン・ジョーンズ作、西村醸子訳 徳間書店)で、荒地の魔女の魔法で90歳の“老人”になってしまった帽子屋の少女ソフィに、魔法の先生ペンステモンが、魔法のことで「…物に命を吹き込む力ですね。ほら、その杖もあなたに話しかけられたおかげで、世間で言う魔法の杖になっていますもの…」と語りかけます。と語られている「魔力」「魔法」は、使われ方次第で良くも悪くもなります。この会話は、次のように続きます。「…でも、これで魔女がどうして悪くなったかも見当がつきます。きっと火の悪魔と契約をかわし、長年におよぶにつれ、悪魔に支配されたのでしょう。悪魔は善悪など考えません。人間だけが持つ何か貴重なものをさしだせば、悪魔と契約することはできます。そうすると両方とも長生きできますし、人間の方は自分の力に加えて悪魔も利用できるのです」。語られている「…人間だけが持つ何か貴重なもの」は、あれこれ、いろいろありますが、たとえば「お金」もその一つだと考えられます。
 11月14日の「こうどうまつり」で、4,700円使った幼稚園の年長の子どもがいたという報告がありました。そんな報告の場にいた一同は、少なからず驚きはしたのですが、幼稚園くらいの子どもの4,700円は、なかなかの使いっぷりではあるのです。たとえばお母さんたちの魔法の力で、身近な素材にいのちを吹き込まれて変身した物が、そこにある時、そしてそれが自分のモノになる「お金」が手元にある時、子どもたちはありったけ使ってしまいます。そして、自分のモノになるその“モノ”も、「お金」の方も、最大限の力を発揮してはいるのです。たった一日の限られた時間とはいえ、そうして物が、お金が命を吹き込まれて存分な動きをするのが、子どもたちの「こうどうまつり」であり、「こうどうまつり」の伝統です。
という一方の「お金」が、それの持つもう一つの魔力である「お金の悪魔」と契約して人間が使うと、「人間の方は自分の力に加えて悪魔の力」も利用できることになってしまいます。
 沖縄の名護市辺野古で工事が始まっている米軍の新基地建設をめぐり、名護市の3つの区(辺野古、豊原、久志)に、国は直接1000万円ずつ交付することに決めており、3つの区の代表が東京に呼ばれそれに同意しています(10月24日、沖縄タイムス)。辺野古の米軍基地キャンプ・シュワブの成り立ちは、70年前の沖縄戦から始まります。沖縄県民の4分の1、12万人以上が亡くなったとされる沖縄での地上戦が終わった後、沖縄島の北部の人たちは、捕虜として辺野古の収容施設に集められます。集められた人たちはおよそ4万人だったことが、名護市史の中で記録されているとのことです。辺野古は、そこで亡くなった米軍の“英雄”の名前を冠した軍事基地ですが、地主の了承を得て基地になった訳ではありません。戦争に勝った国が負けた国を力ずくで占領した土地です。その後の経過で、力ずくで奪ったとはいえ、元々の土地の所有者に「軍用地」としての地代などが払われ、更に、それがそのまま継続使用されるにあたって、あれこれ名目で迷惑料も支払われるようになってきました。その場合の交付金という名の迷惑料を支払っているのは日本国です。なにしろ戦争に負けた国なのですから、3区の場合、支払われてきた迷惑料は年間およそ3億円と言われています。この度の3つの区にそれぞれに支払いの決まった迷惑料の1,000万円は、辺野古新基地反対行動が地区にかける迷惑料だと、日本政府は説明しています。
 何事であれ、それをめぐる賛成反対の意志表示の意志を封じることは、この国では憲法がそれを許していません。辺野古新基地建設の場合、沖縄の人たちの戦争体験、その後の占領と米軍基地をめぐる出来事の体験から、辺野古新基地建設には地元の名護市は市長を選ぶことで、沖縄県は知事を選ぶことで、反対の意志を明らかにしました。にもかかわらず、新基地建設が国によって、強行される事態で始まったのが、11月17日で500日目をむかえた辺野古キャンプ・シュワブゲート前での座り込みです。そして反対行動の座り込みが迷惑だろうということで、日本国が地元の3区に交付することになったのが前述の1,000万円です。この人たちは迷惑の始まりであり、もとである新基地建設そのものの不当を糾したりはしません。
 というようなことで使われる「お金」というものは、いったい何なのだろうか。名護市長選挙の時に市民が基地建設の受け入れを選ぶなら、国は交付金を500億円積み足すと約束しました。名護市民はそれを拒み、基地建設反対を公約する稲嶺進さんを市長に選びました。この場合に、交付を約束した500億の「お金」はいったい何なのだろうか。
 「こうどうまつり」で、4,700円使ってしまった「お金」も、辺野古新基地反対運動の迷惑料として支払われる1,000万円も、名護市長選挙で、基地建設に賛成するならということで国が約束した500億円も(ただしこの約束は、稲嶺市長の誕生でナシということになった)「お金」です。
 どこが違うのだろうか。
 「こうどうまつり」で、一人の子どもが使った4,700円は、前述のように、そして間違いなく、命を吹き込む魔法で作られたモノの命が、何よりも誰よりもその人、子どもに手渡されるのにふさわしい力を発揮する、命を吹き込まれたモノとしての「お金」です。
 辺野古の3区それぞれに交付の決まった1,000万円の「お金」や、名護市長選挙で新基地建設に賛成するならと約束された500億円は、お金のもう一つの側面、「お金の悪魔」と人間が契約を交わす「お金」になってしまっています。
 辺野古に新基地を建設するのは、国によって、現在の危険な米軍基地、普天間飛行場の移設のためだと言われてきました。危険な米軍基地がデンと宜野湾市の街のど真ん中にあるのは、基地周辺に人が集まった結果だという説が、まことしやかに流布されたりしています。しかし、前述の辺野古キャンプ・シュワブがそうであったように、沖縄の人たちの生活が先にあって、戦争と占領が沖縄の人たちをそこから追い出してしまったのは、まごうことなき事実です。なのに、米軍基地は街のど真ん中にある危険や、昼夜を分かたず、普天間飛行場では軍事訓練が続けられる危険を除去するためにそんな危険なものを辺野古へ移設するのだと言われています。その普天間飛行場の宜野湾市でも、名護市で使われたのと同じ手法で、2016年1月に予定されている市長選挙を左右するための、大小の「お金」が使われかつ約束されたりしています。
 というような事で使われる「お金」というものは、いったい何なのだろうか。
 「こうどうまつり」で子どもが使った「お金」とは違います。「お金の悪魔」と人間が契約を交わした、その悪魔の力を利用して使われるまごうかたなき「悪魔のお金」です。
 宮崎駿のアニメ「ハウルの動く城」になった、原作のファンタジー「ハウルの動く城」を書いたのはダイアナ・ウィン・ジョーンズです。ダイアナが亡くなった後、「ファンタジーを書く/ダイアナ・ウィン・ジョーンズの回想」をまとめた、チャーリー・バトラーは以下のように書いています。「…ダイアナがだれの味方かという質問が寄せられたなら、答えは決まっている−彼女は無力な人々、決定権を奪われ、他人の決定を押し付けられる人々の味方である」。
 「ハウルの動く城」のハウルやカルシファーやマイケル、そして、ペンドラゴン(ソフィ)たちは、魔法で、たとえ「お金」のもう一つの力を使えることを知っていたとしても、それに自分を売り渡しません。「こうどうまつり」で子どもが買ったのは「命を吹きこまれた物」であり、使われた4,700円も「命を吹き込まれたお金」です。まさしく「人間だけが持つ何か貴重なもの」であり、それを描くのがファンタジーです。
 壮大なファンタジーの世界、「ゲド戦記」を描いた、アーシュラ・K・ル=グィンは、魔法の物語、ファンタジーについて次のように書いています。
 「ファンタジーは、善と悪の真の違いを表現し、検証するのに、とりわけ有効な文学です。わたしたちが現実の見せかけの愛国と独りよがりの残忍さへと堕落してしまったように思われるアメリカで、想像力による文学は、今もなお、ヒロイズムとは何かを問いかけ、権力の源を検証し、道徳的によりよい選択肢を提供し続けています」(「いまファンタジーにできること」河出書房新社)。


 
 

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