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小さな手大きな手

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2015年12月03週
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 福島県浪江町立野で、被曝した牛約300頭を飼っている吉沢正巳さんの牧場は「希望の牧場」と呼ばれています。「経済的畜産動物としての黒毛和牛」は、被曝によってその意味を失いました。取り残された牛は浪江町、双葉町、大熊町などでたくさん餓死したり結果的に殺処分になりました。浪江町の吉沢さんの牛たちのことが絵本になっています。「希望の牧場」です(森 絵都作、吉田 尚令絵、岩崎書店)。
 育てて、殺して、食べる“畜産”は残酷ではありますが、余すこところなく食べ、利用するとすれば、それなりに殺される牛に対する礼儀は尽くされることになります。“利用する”と言っても、骨粉にして牛に食べさせてしまう“共食い”で、それをさせてしまう人間は“狂牛病”によってしっぺ返しを食らってきました。
 吉沢さんたち、浪江町などで牛を飼っていた人たちの牛は、東電福島の事故で被曝してしまいました。警戒区域となって取り残された牛は餓死したり、殺処分になったりしました。それは牛飼いたちにとっても、牛たちにとっても、不本意極まりないことです。畜産は牛飼いたちにとっても牛たちにとっても、育てて(育てられて)、殺して(殺されて)、食べて(食べられて)こそ本意なのです。「たくさん食って、うまい肉になる。牧場の牛たちは、そのために生きて、死ぬ。それがこいつらの運命。人間がきめた。そして、原発事故によって、人間がくるわせた」(「希望の牧場」)。
 その希望がうち砕かれた“絶望”でしかないのに、吉沢さんの被曝した牛たちの牧場は「希望の牧場」と呼ばれることになりました。「…すこしずつ、協力してくれる人たちもあらわれた。福岡。広島。岡山。大阪。京都。北海道。いろんなとこから人がくる。牛たちのせわを手伝ってくれる人。エサやお金をきふしてくれる人。大型バスで牧場を見学にくる人。『希望の牧場』。いつしか、うちの牧場は、そんなふうによばれるようになった」。そうして「希望の牧場」と呼ばれることを、吉沢さんは、すんなり了解できている訳ではありません。「人間がきえた土地に、何百頭もの牛が生きている。もりもりエサを食って、げんきに動きまわっている。そのすがたに『希望を感じる』って人もいる。希望なのかな。希望になるなら、いいけどな」「けど、弱った牛が死ぬたびに、ここには絶望しかないような気もする。希望なんかあるのかな。意味はあるのかな。まだ考えてる。オレはなんどでも考える。一生、考えぬいてやる。な、オレたちに意味はあるのかな?」(前掲「希望の牧場」)。
 11月27日は、沖縄辺野古のキャンプシュワブゲート前に、吉沢さんが軽トラックに牛を乗せて“出現”しました。福島浪江を出て南下し、鹿児島から船に乗り、奄美などを経て、辺野古まで運んできたのです。実は、牛とは言うものの、太い針金をがっしり組んだ牛そっくりの造形でした。軽トラックと吉沢さんはホンモノで、辺野古に集まっていた人たちとの熱い交流の場になっていました。
 たぶん、そして間違いなく「希望の牧場」の「希望」が深いところでつながった熱い交流だったのだと思います。絵本の吉沢さんは、自分の牧場が「希望の牧場」と呼ばれる「希望」を繰り返し問い直しています。
 沖縄の辺野古も、沖縄の人たちが簡単に希望と言える場所でも状況でもありません。多くの沖縄の人たちは辺野古に新しい米軍基地が作られてしまうことを許していません。作る「理由」が納得できないからです。政府・国は、辺野古「新基地建設」とは決して言いません。宜野湾市にある普天間基地の「移設」です。宜野湾市のど真ん中にあって「世界で最も危険」だから「移設」するのだと言います。宜野湾市の住宅街などのど真ん中にある普天間基地は、間違いなく「危険」です。今までも繰り返し、普天間基地を離着陸する事故が起こっていて、小学校に墜落した航空機でたくさんの子どもたちが亡くなっています(宮森小学校事件)。普天間飛行場は住宅地のど真ん中にある、間違いなく世界で最も危険な飛行場です。だったら、現状の普天間飛行場の「危険」を少しでも少なくすることも必要なはずなのに、あえて住宅街の真上を低空で通過する夜間訓練などを、米軍は増やしこそすれ減らすことはしません。その普天間に、更に事故の多い危険なオスプレイを、沖縄の人たちの総意を無視して配備してしまいました。オスプレイの配備を日米両政府が合意し、普天間の「危険」は、更に増えました。だから普天間は「危険」だから、沖縄の別の場所に作ろうと言うのが、辺野古新基地です。沖縄の人たちにとってはもちろん、誰がどう見ても「理由」になっていないにもかかわらずです。そうして、沖縄の人たちが了解しない辺野古新基地建設を、選挙で選ばれた時には反対だった国会議員、知事が裏切って賛成してしまいました。そして力ずくで、有無を言わせず、基地建設が始まっています。辺野古新基地建設反対を「公約」した翁長雄志さんが知事になり、前知事の建設承認を取り消しましたが、その決定は無視されて、工事は続行されています。力ずくで、工事車両が基地内に入り、辺野古・大浦の海が壊されていくのを、沖縄の人たちはなす術もなく見ているよりありません。いいえ、なす術がない訳ではなく、非暴力でスクラムを組んで阻止していますが、力で排除される、そんな日が続いています。
 ただそこには、毎日毎日、たくさんの人たちが訪れています。「福岡。広島。岡山。大阪。京都。北海道」他からも、そして、「希望」をもらって帰り、沖縄のこと、辺野古のことを口から口へ伝えています。「力ずくで有無を言わせず」襲いかかる力に、排除されても排除されても、声をからしながら立ち向かう沖縄の人たちの姿を目の当たりにして、忘れかけていた「希望」の灯を点されるからに違いありません。
 それにしても、「希望の牧場」の吉沢さんたち、辺野古で圧倒的な力に立ち向かう沖縄の人たちの、そうして希望をつなぎとめる力が湧き出るもとは、どこなのだろうか。吉沢さんたちの福島県浪江は、冬は寒く冷え込んで、雪が降り、「意味をなくした」にせよ「おいしいお米がとれたたんぼ。魚のおよぐ海や川。きれいな空気。じまんの星空」そこで生きた記憶と、放射能で汚染されたそこで、今、「オレたちはせっせ働いて、牛たちはエサを食う。エサを食って、クソたれて、エサ食って、クソたれて−なんど見たって、それだけだ。でも、それを見ているときがいちばんほっとする」。
 そこに、「…ほっとする」時がある時、それは「希望」であり得るのです。沖縄の人たちの辺野古での座り込み、そのすべて無視し踏みにじって進められる新基地建設であっても、そこには「魚のおよぐ海や川。きれいな空気。じまんの星空」があり続けます。その沖縄で生き続けてきた人たちの存在することの意味は、決して誰もどんな力を持ってしても奪えないはずです。

青い青い青い海と空が 好きです
木漏れ陽のまぶしさが 好きです
枝から枝へ歌う小鳥が好きです
ぐんぐんのびるひまわりが 好きです
朝陽の始まる空気が 好きです
夢を忘れない人間が 好きです
誰よりもきみが 好きです

緑の緑の緑の草原と山が 好きです
頬を刺す寒風が 好きです
角をのばすかたつむりが 好きです
たんぽぽの綿毛のまんまるが 好きです
沈む夕陽の沈黙が 好きです
人間の人間の子どもが 好きです
誰よりもきみが 好きです


(合同クリスマス会などのカードになった詩の刺繍は岡理恵さんです)
 
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