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小さな手大きな手

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2016年02月02週
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 子どもの頃、11月〜2月まで、雪が降って閉じ込められる世界で育ちました。雪が降る前に、家々は屋根の高さまで雪囲いで養生されることになりました。屋根から降ろされたり、落ちたりした雪が雪囲いを圧迫して、窓ガラスが割れるということもありました。当然、昼でも暗い家の中は夜昼の別なく電灯が灯されました。雪で覆われる11月〜2月の間、人々はそんな雪の世界を耐えて、3月の雪解けを待つよりありませんでした。
 そんな雪と雪の世界を生きる人たち、そして子どもたちを描いた絵本が「はたらきものの じょせつしゃ けいてぃー」(ぶんとえ ばーじにあ・りー・ばーとん、やく いしい ももこ、福音館)、「ゆきのひ」(エズラ・ジャック・キーツ、ぶん・え、きじま はじめ、やく、偕成社)、「雪わたり」(宮沢賢治、堀内誠一画、福音館)です。
 「はたらきものの じょせつしゃ けいてぃー」は、大雪に埋まりながら大働きをするけいてぃーを描きますが、それより何より、「大雪」というものが、どんな降り方をするかを、それはそれは見事に描くのです。
その時の、雪の降り始めはこうでした。

 「…そのうち、あるあさ はやく、あめが ふりはじめました。あめは やがて、ゆきに かわりました。おひるごろには、15せんちも ゆきが つもりました。ゆきかきとらっくが、どうろかんりぶから でかけていきました」
「おひるすぎに なると、ゆきは 25せんちも つもりましたが、まだまだ ふりつづいていました。『これは、おおゆきに なりそうだぞ』と、どうろかんりぶの ひとたちは いいました」。
いよいよ、じょせつしゃ「けいてぃー」の出番です。
「そして、とうとう けいてぃーが でていく ばんになりました」。
雪の降る世界の雪はしかし、それで終わりになりません。降り続いて、どんどん、どんどん積もるのです。
「かぜが つよく ふきはじめました。 あちこちに、ゆきの ふきだまりが でき… 30せんち…60せんち…1めーとる…1めーとるはん…ゆきは、1かいの まどのところまでつもり…2かいの まどのところまでつもり…」
 
という具合に積もってしまします。
 「はたらきものの じょせつしゃ けいてぃー」では、降り積もる雪の様子が、見開きのページいっぱい、短時間で、みるみるうちに埋まって行く電柱で描かれています。「豪雪」という言葉がありますが、バートンが「けいてぃー」で描く雪は、決して大げさではない「豪雪」そのものです。「けいてぃー」のはたらきで、「ゆきが かきのけられた」バートンの描くまちの様子は、雪が降って閉じ込められた経験からその雪を除ける働きの「偉大さ」を文句なく伝え物語になっています。雪はすごい!けいてぃーはすごい!のです。
 「ゆきのひ」は、雪の降る世界の、街角で繰り広げられる、ありふれた日常です。それは、ありふれてはいるのですが、「ゆきのひ」の子どもたちで、「雪」について、しっかりと科学し、いつか本物の雪を体験した時に、今自分が体験している雪の世界を「たしか、どこかで たいけん したことがあるな」と、思い出させるくらい、身近にありのままの雪の世界が描かれています。降りたての雪「新雪」は、子どもたちが、造形を全身でぶつけて楽しむことができる、巨大な真白なキャンバスです。「新雪」のキャンバスは、全身でころげ回ったとしても、決して傷ついたりすることはありません。この「新雪」のキャンバスの欠点は、冷たくて、溶けてしまうことです。
 「雪わたり」は、雪の自然と科学が持っている、もう一つの別の世界が土台になっています。降った雪は積もって、そして溶けてしまいます。雪国の雪は、いっぺんには溶けてしまいません。降って、積もって、溶けて、また降って、積もって、溶けてを繰り返して春を迎えます。気温が高かったりすると、雪が雨に変わったりもします。更に、降って積もった雪の表面が溶けて、冷え込んだりすると、雪の表面が、こちんこちんに凍って、「アイスバーン」になります。
「雪わたり」の、四郎とかん子の歩く、「しみ雪しんこ、かた雪かんこ」の世界です。「『かた雪かんこ、しみ雪しんこ』四郎とかん子とは小さな雪ぐつをはいてキックキック、野原に出ました。こんなおもしろい日が、またとあるでしょうか。いつもは歩けないきびの畑の中でも、すすきでいっぱいだった野原の上でも、すきな方へどこまでもいけるのです。平らなことはまるで一まいの板です。そしてそれがたくさんの小さな小さなかがみのようにキラキラキラキラ光るのです。『かた雪かんこ、しみ雪しんこ』」。

 晴天の一日が終わり、特別に冷え込んだ夜が明けた日の朝、積もった雪の表面は、かちんこちんに氷った世界となり、広がっていました。「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」です。子どもの頃に、宮沢賢治の「雪わたり」を手にすることはありませんでした。ありませんでしたが、子どもたちは、そんな日の朝、道路ではなく、「いつもは歩けない」田んぼや畑のよく積もった雪の上を歩いて学校に向かいました。「かた雪かんこ、しみ雪しんこ」だったのです。「雪わたり」は、そんな雪の世界の自然と科学を土台に、子どもたちのワクワクする気分を、他の誰も決して真似することのできない言葉の世界で、それはそれは見事に、決して外れることなく表現した、「名人芸」の物語、それが「雪わたり」なのです。


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