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2016年06月01週
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 ビッグイシュー(※)の最新号の表紙は、25年前「プリティ・ウーマン」で主演した、ジュリア・ロバーツです。インタビューもジュリア・ロバーツで、主演最新作「シークレット・アイズ」は、6月10日に劇場公開されます。「映画」が見る人たちを魅了してやまないのは、それが事実ではない(時には、あり得ない)にもかかわらず、映像を通して「事実」として堪能させるからです。もちろんその為には、選ばれる題材、一つ一つの舞台設定(時には、途方もなく巨大で、巨額の費用をかけ)、そして出演する人たちの演技力、その全体を演出する監督の力量が必要かつ問われることになります。「プリティ・ウーマン」は、それらのことを充たした「名作」として、25年後の今も、繰り返し見る人たちを魅了してきました。
 そうして「話題」になり、見る人たちを「魅了」する映画である為に、たとえば出演する人たちは、「役作り」に全力を注ぎます。「ロバーツは、10代の娘が無残に殺されたFBI捜査官ジュスを演じている。悲しみのあまり13年前から時が止まり、身なりなど構っていられないジュス役に、ロバーツは全編ほぼノーメイクでのめり込んだ。肌の色は青白く、唇はかさかさ、髪の毛はまるで自分がカットしたよう。この役はオリジナル(2009年アカデミー賞、外国映画賞・アルゼンチン映画『瞳の奥の秘密』)では男性だったが、『女性に書き換えることが可能ならやってみたい』とロバーツから申し出たという。レイ監督は『女優にとってはリスキーな役だったが、結果的に、彼女がこの映画を別次元まで引き上げてくれた』と称賛している」(ビッグイシュー、vol.287、2016May15)。ジュリア・ロバーツは「…自分自身と、この役に打ち込むことをどう区別しましたか」「あなたは…一人の人間でもあり母親でもあります。映画のセットへ行き、子どもたちの家へ帰り、また翌日の撮影で自分の娘が殺されたと知らされるシーンを撮らなければなりません。どうやって切り抜けたのでしょうか」などのインタビューに、答えています。「今回は演じる前に非常に細かく計算し形式的に組み立てていきました。撮影開始の何か月前には何をするのか、かなり綿密な見取り図を作ったんです」「少しずつ進むだけです。やり方なんて本当にわからないし、明確に言葉で説明するのは難しいです。私はただ演じ、そしてそこに何らかの真実性が宿っていることを祈るのみです」(前掲、ビッグイシュー)。「説明するのは難しい」、しかし「演じ」「真実性が宿る」ジュリア・ロバーツの「演技」する作品の真実性が見る人たちを魅了することになるのです。
 「辺野古・圧殺の海―第2章」試写会の案内が届き、シアターセブンまで行ってきました。「辺野古・圧殺の海―第2章」が、たとえば「プリティ・ウーマン」や「シークレット・アイズ」と異なっている(大いに異なっている!)のは、そこには、特別のセットも、特別の演者も存在しないことです。辺野古の、キャンプシュワブゲート前や、工事区域を示すフロートの間際に持ち込まれた撮影カメラが映したそのままを編集した映像が「辺野古・圧殺の海―第2章」です。試写会の為、沖縄・辺野古から「今、到着しました」という、共同監督の一人影山あさ子さんに、上映終了の後、「…ただ、撮影しただけで映画になってしまうなんて、なんと安易な!」と、冗談半分で感想を伝えたところ、「そう、そうなんですよ。でも、世界で類を見ない映画!」と胸を張って答えていました。
 映像になって、劇場のスクリーンに映し出される場所は、ありのままの米軍基地のゲート前であり、映し出される人もありのままにそこにいる人たちであって、誰一人「演じ」てはいません。しかし、撮影し、映し出される映像は、ジュリア・ロバーツの25年前の「プリティ・ウーマン」や最新作の「シークレット・アイズ」と、何一つ遜色のない「映画」の映像です。
 2015年2月から、辺野古の座り込みに参加しています。2014年1月に、沖縄の「41市町村議会・議長、県会議員各派」が署名し、安倍首相に提出した「建白書」に示された沖縄の願いは「オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖・撤去、県内移設断念」でした。その、建白書の願いのすべてを踏みにじり、世界一危険な普天間基地を、更に危険にするオスプレイを配備、沖縄県内の移設先として辺野古での新基地建設が着工されてしまいました。そのことで始まったのが、辺野古キャンプシュワブ前の座り込み、海上のカヌーなどによる阻止行動です。「圧殺の海」は、森の映画社の藤本幸久・影山あさ子さんによる阻止行動とそれを「圧殺」する記録です。「辺野古・圧殺の海―第2章」は、「圧殺の海」の続編で2016年5月までの記録です。それが「圧殺の海」であるのは、「建白書」が踏みにじられることで始まった阻止行動が、圧倒的な力で文字通り「圧殺」される事実を映像としてとらえているからです。新基地工事の車両・作業員は、早朝キャンプシュワブゲートから基地内に入ります。工事を止めさせる為、その車両・作業員をゲート前で阻止するのですが、基地内で待機し繰り出してくる機動隊によって規制されます。さらに、座り込むと「ごぼう抜き」で排除され、工事車両・作業員が基地内に入ります。工事を止めることはできないのです。
 しかし、次の日も、また次の日もゲートから入る車両・作業員を阻止するために人々が集まります。そして、昨日も今日も有無を言わせず排除されてしまいます。建白書のこと、阻止行動のことを、断片的に知るに及んで、排除されるけれども座り込みが続いているとしたら、知らないで済ませないという、ささやかな判断と決意で、2015年2月から辺野古新基地反対の座り込みに参加しています。そして、力づくで排除される現場に座り込む一人になってきました。
 しばらく前に、カヌー隊で参加するIさんの報告会を開きました。「…どんなに頑張っても、排除されるばかりです。むなしいです!」との言葉の通り、圧倒的な力の前になす術のないのが、辺野古新基地建設現場の座り込みであり、カヌー隊の阻止行動です。でもIさんは報告会の後、カヌー隊に帰って行きました。
 映画「辺野古・圧殺の海―第2章」は、その現場にカメラを持ち込んで、「なす術のない」「むなしい」阻止行動を映像として撮影し続けました。圧倒的な力の前に、負け続ける人たちの記録です。しかし、負けても負けてもひるむことなく、もう一度もう一度とスクラムを組み直し座り込む人たち、カヌーを転覆させられ海に引きずり込まれても叫ぶのを止めない人たちが、映像として写し出されるのが「圧殺の海」です。
 「圧殺の海」に写し出される人は、誰も演じる人ではありません。そこにいて、映像になってしまった時、その「現場のリアル」が、たとえばジュリア・ロバーツの「私は演じ、そこに何らかの真実性が宿っていることを祈るのみです」の「演じ」に匹敵する一人の演技者となって、「圧殺の海」のスクリーンに登場します。
 「現代思想、2016年2月臨時増刊号/総特集辺野古から問う」の、サブタイトルは「現場のリアル」です。そのサブタイトルで直接論究した論文は見当たりませんが、例外なくすべての論文が、「現場のリアル」の論究になっています。沖縄辺野古新基地建設工事の問題が、そして、その辺野古の現場の「現場のリアル」が論文の言葉を、写真を、そこで出会う人間の言葉を、「現場のリアル」として押し出してしまうのです。そこが「現場のリアル」の現場だからです。
 「辺野古・圧殺の海―第2章」は、その現場にカメラを持ち込んで撮影し続けた時に、そこには「名優」と言われる人は誰もいませんでしたが、「現場のリアル」がその映像を「…世界で類を見ない映画」にしてしまったのだと思えます。
 「辺野古・圧殺の海―第2章」は、2016年6月11日から、「シアターセブン」(大阪市淀川区十三本町1−7−27、サンポートシティ5F、「ねぎ焼き やまもと」斜め向かい)で公開されます。
 (※ビッグイシュー:「ホームレスの仕事を作り自立を応援する」雑誌、日本版。西宮では、阪急西宮北口駅、北東出口アクタ西宮連絡橋に販売員が立っている)。 height=1
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