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小さな手大きな手

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2016年06月03週
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 およそ40年前、「辺境、5/井上光晴編集/1971」で読んだ「苦海浄土、第二部、神々の村」で、水俣病のこと、石牟礼道子が忘れることのできない人になりました。「苦海浄土/第二部」は、13歳で胎児性水俣病で死んだ田中敏昌君のことで始まります。「…目の前に裸でよこたわるもの言わぬ遺体は、首、四肢を硬直して特異な肢位をとっており、手足はまさに骨と皮の状態。体重は数日前に測定したところによると13.5圓世辰燭箸いΑ…これが13歳の人の体重といえるだろうか。しかし、現実には、これが13年間生まれながらにして、否、生れ出る前から、胎児性水俣病という病苦とたたかって遂に亡くなった田中敏昌君の遺体であった。しかも頭蓋も胸部も、永年の不自然な病床での生活から強く変形し、左右の不対称性がめだち、脊椎はまさに、くの字状にわん曲していた」。
 こうして死んでいった、水俣病患者、胎児性水俣病患者たちと生きて、その足跡をたどる人となったのが石牟礼道子です。「さらなる闇のこちらにあってわたくしのゆきたいところはどこか。この世ではなく、あの世でもなく、まして前世でもなく、もうひとつの、この世である。逃亡することを許さなかった魂たちの呻吟するところにむかって、わたくしは、自分に綱をつけてひっぱったり背中を押したたいたりしてずるずるひきもどす。この世ではないもう一つのこの世とはどこであろうか。生まれたときから、気ちがいでございました。ゆき女に仮託しておいた世界に向けて、いざり寄る。黒い死旗を立てて」。そして、「死旗」を立てて立ちむかう患者たちの「敵」のことを書きます。「ここに、近代日本虐殺史の筆頭に登場して名を連ねる執行吏、原型的日本官僚の固有名詞は、後述するチッソ幹部たちの固有名詞とともに、七度生まれ替り、かならずうらみ晴らさでおくものかという殺されたもの、殺されつつあるものの呪詛の中にあぶり出され、その名を形どる藁人形を通して、釘打ちつづけられるひとびとである」、更に「釘打ちつづけられるひとびと」「水俣病補償処理委員会」の官僚たちを、患者たちの一人は「30になるやならずでなあ。役人の飯食えば蛆になるちゅうが、蛆の魂ほどもなか男じゃったばい。あれほどにも人間のこころのくらかもんに日本政府の高官がつとまるなら、日本ちゅう国も腐れたもんじゃ。日本ちゅう国ば、はじめてみた」と、容赦しないのです。
 そんな、石牟礼道子の「苦海浄土」と出会って40年余り、「池澤夏樹―個人編集/世界文学全集『苦海浄土』」(河出書房新社)で、「苦海浄土」3部作を読み直し、最近「序詞/生死のあわいにあればなつかしく候、みなみなまぼろしのえにしなり」で始まる第3部「天の魚」を読み終えました。
 「苦海浄土」第3部は、1971年12月から始まる患者たちの「チッソ東京本社すわりこみ(自主交渉)」とそこに終始居あわせた石牟礼道子と患者たちの魂に触れそれが言葉になった記録です。有機水銀で蝕まれて行く苦痛を、自らの内に引き受けるよりなかった患者たちが、それをはき出したたきつける場になったのが「東京本社すわりこみ(自主交渉)」です。そこに終始居あわせた石牟礼道子は、その時の魂の叫びを魂で受けとめて言葉にします。「それであの、踏切のそばの溝口の家の母女もなあ、さくらの花のさくころになると花じんけいになんなはる。自分は狂わんつもりでも、母女の背中におる8つの娘が狂い死にしたこんで。『あのシャクラの花のシャイタ…』ちゅうて、春になれば見えんわが子を抱きかかえ、自分が8つの子になって、花曇りの下の空の方ばかりみて、花じんけいになって漂浪(され)きなはる。『あの子はなあ、餓鬼のごたる姿になっても、死ぬ前の日に桜の見えてなあ。手足の持たん虫の死ぬ時のように這うて出て。この世の名残に花を見て・・・うつくしかなあ、ち。かなわぬ口しとって、ああ、かかしゃん、シャクラの花ち、いうて』花非人(はなかんじん)になって」。
 水俣で、海で生きていた人たちの生活は、それはそれはつつましく、しかしそのつつましさの中に、人間としての一番かんじんな心の根を育てる人たちでした。「裸電球一つの掘っ立て小屋に住み」「いつも煮しめたような和手拭を片っぽうの手に握りしめていた。孫たちの学校の費用や、運動会の弁当や、それから醤油や味噌を孫たちに買わせにやるとき、彼は婆さまがこしらえた布製の銭入れを腹巻の下からとり出し、大そうな難儀をして、お金をとり出すのだった」、「老夫婦はわたしのことを、『あねさん』と呼ぶのだった。ふたりから天草なまりであねさん!と呼びかけられるわたくしは、生れてこのかた忘れさられていた自分をよび戻されたような、うずくような親しさを、この一家に対して抱くのだった」。
 「うずくような親しさ」を生き、言葉として持っていた水俣の海の人たちが、立ちはだかるチッソ幹部と役人たちを「30になるやならずでなあ。役人の飯食えば蛆になるちゅうが、蛆の魂ほどもなか男じゃったばい」と、喝破せずにはおかないのです。その「見事な言葉の流露」の、漁民たちの魂の声その心の内を聞き取って「しかしそれはすべて彼女を経由して、修辞的加工を経て、彼女自身の声となって出てきた(解説、池澤夏樹)」のが「苦海浄土」石牟礼道子であり、「…七度生まれ替り、かならずうらみ晴らさでおくものかという殺されたもの、殺されるものの呪詛の中にあぶり出され、その名を形どる藁人形を通して、釘打ちつづけられるひとびと(日本官僚、チッソ幹部たち)」と書くのです。
 2016年3月に、沖縄を観光中の女性が米海兵隊員によって強かんされます。そして、5月には元米海兵隊員・軍属によって、20歳の沖縄の女性が殺害されて見つかりました。痛ましい事件を起こし続けてきたのが人間ですが、沖縄で当事者たちはうそぶき続けています。事件の当事者であるにもかかわらず、うそぶき続けるチッソ幹部・役人を、水俣の漁民たちは「かならずうらみ晴らさでおくものかと」「その名を形どる藁人形を通して、釘打ちつづける」人間として、チッソ幹部・役人と対峙します。
 沖縄で米海兵隊員によって繰り返される事件の当事者は、その行動のすべてが「優先」される駐留米海兵隊です。重装備の米海兵隊員の軍事訓練は、沖縄のどこであってもいつであっても、「優先」されます。それが、沖縄の人たちの普通の生活を、どんなに脅かすことがあっても、その時の異議申し立てはすべて無視され、更に、そのことで起こる事件・事故もほぼ無かったことにされてきました。日米安保条約とそのもとにある「日米地位協定」が、米軍による事件・事故を免責するからです。「日米地位協定」によって守られる米海兵隊員が事件・事故を繰り返し、5月の事件も起こってしまいました。
 多くの日本人は、沖縄で起こり続けていることを聞き流しているかも知れません。たとえば沖縄では、3月、そして5月に起こった元米海兵隊・軍属による殺人事件のことで県民大会が準備されています。
 「元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し、沖縄から海兵隊の撤退を求める県民大会」:(6月19日午後2時、那覇市奥武山陸上競技場)です。新聞は、この県民大会のことで、「『沖縄超党派』実現せず」と伝えています。「沖縄県で米軍属の男が逮捕された殺人・強姦致死容疑事件を受けて、19日に抗議の県民大会が開かれる。翁長雄志知事を支えるグループを中心に数万人が集まる見通しで、約20年前の少女暴行事件に対する県民総決起大会も念頭に地元に渦巻く怒りの結集を狙う。ただ、今回は自民・公明両党が不参加を表明しており、超党派の枠組みが崩れたことを危惧する声もある」(6月15日、朝日新聞」。日米安保条約のもとにある「日米地位協定」が、米海兵隊員によって繰り返される沖縄の事件の根っこにあるにもかかわらず、口先だけの謝罪で済まします。当事者である米海兵隊責任者(米大統領!)と日本政府代表(首相!)が、集会で追悼の言葉を述べ謝罪したりはしません。というより何一つ手を打たないばかりか、政治の「政争」にしている結果が、そのまま沖縄の人たちの分断を引き起こし、新聞はと言えば「『沖縄超党派』実現せず」の見出しになったりします。この場合の新聞は、沖縄の「地元に渦巻く怒り」の傍観者であるにすぎません。一新聞に止まらず、沖縄で怒る数万人が集まるにもかかわらず、決して自分たちのことにはならない、多くの日本人もまた、新聞の「『沖縄超党派』実現せず」の見出しを、「そんなものか!」と眺める傍観者を決め込んで多数派になっています。
 「・・・七度生まれ替り、かならずうらみを晴らさずでおくものかという、殺されたもの、殺されつつあるものの呪詛のなかにあぶり出され、その名を形どる藁人形を通して、釘打ちつづけられるひとびと」と対峙した水俣の漁民たち、「地元に渦巻く怒り」を作り出す沖縄の人たちも、傍観者たちからすれば少数者にすぎないとしても、かかげられる「怒り」の旗は色あせることはないし、「渦」は人から人へとその輪を広げずにはおきません。
 「苦海浄土」で「蛆の魂ほどもなか」人たちの「呪詛」を書く石牟礼道子は、「花を奉る」を書く人でもありました。 height=1
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