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2016年08月02週
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 天皇が自分の「立場」について語りかつ文章にしたことが少なからず話題になっています。「象徴としてのお務めについての天皇陛下のお言葉」(以下、お言葉)です。天皇については、日本国憲法第1章第1条〜第8条に記載されていますが、「日本国民統合の象徴である」の「象徴」の働きについての具体的な内容は示されていません。第7条は「天皇国事行為」について1〜10まで具体的にあげられていますが、いわゆる象徴としてのどんな働きが求められるのか、また一般に広く認知・理解されるようには示されていません。「お言葉」は天皇自身がそれを「日々模索」しながら生きる日々であったとしています。「即位以来、私は国事行為を行うと共に、日本国憲法下で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方を、日々模索しつつ過ごして来ました。伝統の継承者として、これを守り続ける責任に深く思いを致し、更に日々新たになる日本と世界の中にあって、日本の皇室が、いかに伝統を現代に生かし、いきいきとして社会に内在し、人々の期待に応えていくかを考えつつ、今日に至っています」。
 「日本国憲法で象徴と位置づけられた天皇の望ましい在り方」は、憲法はもちろん、皇室典範にも具体的な記載はありませんから、「望ましい在り方を、日々模索」するよりありませんでした。自ら日々模索しつつ」具体的に象徴の行為としてきたのが「私が天皇の位についてから、ほぼ28年…」以下の「お言葉」です。「…この間私は、我が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごして来ました。私はこれまで天皇の務めとして、何よりも国民の安寧と幸せを祈ることを大切に考えてきましたが、同時に事にあたっては、時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、思いに寄り添うことも大切なことと考えて来ました。天皇が象徴であると共に、国民統合の象徴としての役割を果たすためには、天皇が国民に、天皇という象徴の立場の理解を求めると共に、天皇もまた、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自らのうちに育てる必要を感じて来ました。こうした意味において、日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴行為として、大切なものと感じてきました。皇太子の時代も含め、これまで私が皇后と共に行って来たほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井(しせい)の人々のあることを私に認識させ、私がこの認識をもって、天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛をもってなし得たことは、幸せなことでした」。
 「象徴としての役割」は、憲法の条文はもちろん、皇室典範にも具体的には示されていませんが、象徴としての役割を果たすため、「天皇が国民に、天皇という象徴の立場への理解を求めると共に、自らのありように深く心し、国民に対する理解を深め、常に国民と共にある自覚を自ら内に育てる必要」から、それは天皇にとっては「私が国における多くの喜びの時、また悲しみの時を、人々と共に過ごす」ことでした。また、別にその働きとして挑戦してきたことが、「日本の各地への旅」でした。「日本の各地、とりわけ遠隔の地や島々への旅も、私は天皇の象徴的行為として、大切なものと感じて来ました」「ほぼ全国に及ぶ旅は、国内のどこにおいても、その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々のあることを私に認識させ」それらのことを自分がなし得たことは「天皇として大切な、国民を思い、国民のために祈るという務めを、人々への深い信頼と敬愛においてなし得た」と評価しています。
 象徴と位置づけられた天皇の日々模索する歩みがこのようなものであったとするなら、その旅の行先で「傍らに」立ってきた「遠隔の地や島々」「その地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々」の地域の一つである、沖縄の対する国・アベ政治は、沖縄の島の「地域を愛し、その共同体を地道に支える市井の人々」を、容赦なく問答無用に踏みにじって恥じることがありません。
 沖縄に新たな米軍基地辺野古新基地は建設させないとする沖縄の人たちは、その意思を、知事選挙、衆議院選挙、県議会選挙、参議院選挙を通し、多数で意思表示してきました。反対を公約していた前知事は沖縄振興特別予算との取り引き公約を反故にし、新基地建設を承認してしまった後、反対を公約し沖縄の島の人たちの圧倒的な支持で就任したのが翁長雄志現知事です。その翁長知事による辺野古沿岸部埋め立て承認取り消しを、国は違法として訴え、裁判になっています。
 国・アベ政治は、沖縄の島の人たちの意思に耳を傾けないばかりか、そうして示された衆院選の沖縄の人たちの意思に対し、沖縄に関係する国の予算の削減で圧力をかけています。「時として人々の傍らに立ち、その声に耳を傾け、その思いに寄り添う」天皇の「お言葉」とは全く逆の、力でねじ伏せるのが国・アベ政治なのです。
 というのが「お言葉」の一つの読み方のように思えますが、「お言葉」が書かれ発表される前にそのことが話題になった「生前退位」は、天皇及びその一族の命運に対する危惧も大きく働いていると考えられます。天皇一族が、今後、天皇一族であり続ける為の何より求められるのは後継者が得られるかどうかです。この問題は、天皇一族にとってかなり深刻で、とても安泰とは言い難い状態にあります。その場合、皇位の継承を皇室典範が「皇統に属する男系の男子」に限っていることとも難しくしている要因です。現在、継承者として名前をあげられるのは現実的には2名です。そしてもし、そうだとすれば、更に継承する可能性のある一人の男子が、確実に継承する男子を得られることが条件になります。可能性がない訳ではありませんが、一人の男子にそれを負わせるのは、かなり危ないと考えるのが自然で、もし難しくなった場合、憲法及び皇室典範の定めるところによれば、皇統は一人の男子で途絶えることになります。変えることが必要なのです。と言っても、選択肢は限られており、あり得るとすれば、皇室典範第1条の「皇統に属する男系の男子」の「男系」を「女子」にも解放することであり、たぶんそれ以外に、「象徴天皇の務めが安定的に続いていく」ことはあり得ないように思われます。「男系の男子」を「女性」にも解放するのは、たぶん日本社会の現状ではすんなりとは行きません。その時になってからでは間に合わないことを想定し、事前に議論を巻き起こし、なるべくしてそうなるくらいの状況を作り出したいという意図が「お言葉」には働いているかも知れません。で、早目にそのことの議論になることを想定したのが、たぶん「生前退位」のように思えます。どうであれ、天皇一族の、人材不足を解消しようとすれば、「男系の男子」ではなく、「女性」に解放するより手はないはずで、そのことが前提になって発表されたのが「お言葉」であるように読めるのです。
 一方、強権・反動のアベ政治には、この「お言葉」の一つ一つは了承しにくいかもしれません。「女性」はもちろん、人間存在のすべてにおいて、誰彼を問わずその「人々の傍らに立つ」ことをよしとしない、強権・反動の政治だからです。しかし、そうだとしても、一旦発せられた「お言葉」は、象徴とは言え何しろ天皇の「お言葉」ですから、理を尽くすことなく押しつぶしてしまうのは難しいはずです。たぶん、それらのことを計算した上で、しかし発言する時も慎重に選び、8月6日から9日の間の8月8日に、「お言葉」は発表されることになりました。そんな意味で、天皇一族は、なかなかの「やり手」であると言えなくはありません。まあ、子どもや孫などの未来がかかっているのであれば、父・母・祖父・祖母としてできる限りのことをするというのは、世のすべての家族というものの習いではあります。 height=1
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