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2016年12月01週
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 ノーベル文学賞で話題になっているボブ・ディランの、クリスマスソングアルバムが、2009年に発表された「CHRISTMAS IN THE HEART」です。発表当時「クリスマスにサプライズは付きものだけれどもこれほどのサプライズがあるとは思ってもみなかった。ボブ・ディランのクリスマス・アルバムの登場。これには本当に驚かされた」CDに添付されている解説には、ボブ・ディランの普段からのメッセージ、更にクリスマスソングアルバム発表にあたってのメッセージも紹介されています。「皆さんにしてほしいことがあります。外に出て、あなたよりも不幸な誰かに手を貸してあげてください。孤児院に行って子供たちと一緒にフットボールをしてください。老人ホーム、無料食堂、刑務所などへ行って、様々な人と会ってください。あなたと同じようにいい状態ではない人たちがあらゆるところにいます。あなたがどんなひどい状態にあったとしても、もっとひどい状態にいる人が存在するのです。世界に悲しみを与える代わりに、手を貸してみませんか。誰かに手を貸してあげてください。クリスマスだけでなく、1年を通してそうしてみてはどうでしょう…」「こうしたディランの思いは、今回のクリスマス・アルバムにもつながっている。本盤のアメリカにおける売り上げから発生するディランの印税は、すべて全米最大の食糧支援機関“フォーディング・アメリカ”に永久に寄付されることになっているのだ。アメリカ以外での印税も、飢餓撲滅を目指す人道支援機関“国連世界食糧計画(WFP)”とホームレスを支援するイギリスの慈善団体“クライシス”に永久に寄付される。これによって少なくとも2009年のクリスマス・シーズン、フォーディング・アメリカを通じてアメリカで食料を必要としている140万人に400万食以上が、WFPを通じて発展途上国の子供たちへ50万食が、クライシスを通じて英国のホームレスへ1万5000食が、それぞれ提供される」。クリスマスソングのCDが、もしそんな風に提供されるとしたら、収められている15曲の歌によるクリスマスメッセージと合わせて、それはそれはクリスマスらしいということになります。
 ボブ・ディランがCD「CHRISTMAS IN THE HEART」に込め、かつ実現しようとした同じ意味を持ったクリスマスの絵本や物語が「クリスマスのりんご」(ソーヤー・アトリーほか、上条由美子編・訳、福音館)、「百まいのドレス」(エレーナ・エスティス、岩波)、「クリスマス人形のねがい」(ルーマ・ゴッデン、岩波)、「とってもふしぎなクリスマス」(ルース・ソーヤー、ほるぷ)「クリスマスまであと九日」(エッソ、冨山房)などです。ボブ・ディランのCDの印税のような訳には行きませんが、「世界に悲しみを与える代わりに、手を貸してみませんか」を、ささやかであっても確実に一歩をきざむ働きになるのが前掲の、クリスマス絵本であり物語です。
 9つの物語よりなる「クリスマスのりんご」の、本のタイトルにもなっているのがルース・ソーヤー再話の「クリスマスのりんご」です。人間の営みの、生きてきた事実は、目に見える形の中には、ほとんど知り得ないこと、たとえば、「やさしさ」は、同じやさしい心を持った人にしか解り得ないことを、クリスマスの物語の一つとしたのが「クリスマスのりんご」です。そんなことは、取るに足らないと言えなくはありませんが、そして、そうなのだけれども、クリスマスの根っこのところにあるとされる出来事は、実は何よりもそのことを外さない、一人の人の物語、その誕生の物語なのです。
 貧しい時に、人は心まで貧しくなってしまう何よりの理由は、その人が貧しいことで孤立ないし、孤立させられてしてしまっていることです。それは、富の偏在が起こってしまっている、今の社会の姿でもあるのですが、クリスマスの物語は、そうなってしまっている社会に目を注ぎます。その一つが「百まいのドレス」です。民族、人種には、その人たち自身には何一つ責任はありませんが、富の偏在によって、生きにくくなる場合があります。「百まいのドレス」のワンダ・ペトロンスキーです。その名前が物語るように民族・人種を背負って生きるワンダは多くを語ったりしませんが生活は決して豊かではありませんでした。ドレスは1枚でしたから。語り、訴えることによって何かが変わるものでないことを、当人たちが一番よく知っています。「百まいのドレス」の主人公は、ワンダ・ペトロンスキーも語りません。しかし、それでも人は生きなければなりませんから、その人にできる、あるいはその人にしかできない生きる道を捜し、見つけだします。貧しくて着の身着のままのワンダ・ペトロンスキーの百まいのドレスは、“描く”ことで生まれました。描かれたドレスは“絵に描いた餅”にしかすぎませんが、貧しさを強いられる人たち、ワンダ・ペトロンスキーのほかの仲間たちの誰も持ち合わせていない、貧しさをしのぐ生きる力ではあるのです。「百まいのドレス」は、しいたげる者たちと、しいたげられる者たちが、心を許し解り合うことが、他の何よりも豊かなクリスマスのプレゼントとなって、物語が閉じられます。「百まいのドレス」の、クリスマスと名の付く内容はほんのちょっぴりですが、ボブ・ディランが「クリスマス・イン・ザ・ハート」に託した「世界に悲しみを与える代わりに、手を貸してみませんか」という意味でだったら、クリスマスの核心に届く物語ではあるのです。
 願い事をするということは、小さくても自分でできそうな手掛かりらしきものがあればやってみる甲斐もあるというものですが、全くすべて相手任せだったりするのは少なからず元気が出なかったりします。そして、生きていることの誇りは、何が何でも頭を下げてお願いすることをさせなくします。しかし、そんなことの全てを超えて、1年に1回だけすべてが救われる奇跡が起こったとしても、それはあり得る、あるいは許容し得るのがクリスマスです。クリスマス人形は、(セント・アグネスという施設で暮らす女の子“アイビー”は)人間の子どもであれば誰でもそうであるように、すべてに屈しては生きたくない思いで、クリスマスの時を迎えていました。屈しはしませんでしたが、願いは持ち続けていました。その人形とアイビーの叶いそうにない願いが、しかしクリスマスには起こってしまうのです。それこそが、他でもないクリスマスの物語であることを、いい物語のいい絵で「クリスマスの人形の願い」は描きました。
 クリスマスが、子どもたちのお祭りであることを、メキシコの人たちが何よりも大切にしている様子を絵本で描いたのが「クリスマスまであと九日」です。子どもは、いくつかの節目を経て、大人の世界で、大人として生きることになります。メキシコの人たちは、先住民族の伝承の世界に伝えられてきたキリスト教をつなぎ、それに人間が幼児期から子どもの世界に入っていく節目とつないだのが、「ポサダの日」で、それを描いたのが、メキシコの子どもたちのクリスマスの絵本「クリスマスまであと九日」です。成長するのが自然で、その真っ只中を生きる子どもは、だからこそ、大きな不安の中で生きています。その成長を、より自然に応援する祭りとして実現するのが、メキシコの子どもたちのクリスマス、ポサダの日です。
 ずいぶん前から、クリスマスの頃に必ず歌う歌の一つが「クリスマスの12日」です。今は絶版になっている同名の絵本を見つけた時、大量に買い求めて幼稚園、教会関係者にプレゼントすることになりました。「さあ、クリスマスはじめのひのおくりものは ほらいちわのやまうずら〜」で始まり、12のおくりものが増えて並ぶまで、そのすべて1日ごとに繰り返されます。当然、日が増えるごとにおくりものの繰り返しは早口になります。5日目を外し、7日目までのおくものは「鶉」ですから、毛をむしり丸焼きにして食べられなくはありません。8日目以降は、いろんな人間の登場になります。明るくて、リズム感のあるクリスマスの12日は、少々長編の歌ですが、明るいリズムで老若男女の歌うクリスマスの歌です。 height=1
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