イラク北部の都市モスルが、占領していたISを包囲・攻撃していた政府軍によって解放されたことが報道されています。日本では、日本人ジャーナリストが殺害された後、それまでのイスラム国という呼び方が、ISに変えられていますが、イスラム国もISも、それぞれが何を意味するのかが、明確なわけではありませんでした。
最近読むことになった「中東の絶望、そのリアル」(リチャード・エンゲル、冷泉彰彦、朝日新聞出版)で、情報源としては限られることになりますが、少なからず、理解が深められたように思っています。
2003年の、アメリカによるイラク戦争で、アメリカは地上軍をトルコ経由でイラクに送り込みますが、その時、トルコ北東部、イラク北部に「国家を持たない民族」として居住した、クルド人と手を組むことになりました。サダム・フセインによって、徹底的に弾圧されていた、クルド人との利害はその点で一致したからです。結果、クルド人たちは、イラク北部を自治州にすることになりました。長い間、クルド人と抗争、弾圧してきたトルコにとって、国境地帯のクルド人が力を持つことは、そのままトルコの政情を不安定にすることにつながります。1999年のトルコ西部地震の時訪れたトルコで世話になったのは、クルド系のトルコ人でした。そんなこともあり、クルドとクルド人のことは関心があって、少しばかり文献に目を通したりしていましたから、アメリカによるイラク戦争が、結果としてイラク北部の政情をトルコがらみで混乱されることになるのは、予測していました。ただし、この予測と、アメリカによるイラク戦争、そして、ISなどのことは、「中東の絶望、そのリアル」を目にしてそんなに理解できていた訳ではないことを思い知らされています。
当初イスラム国と呼ばれていたISは「Islamic State of Iraq and Syria」(イラクとシリアのイスラム国)の略です。そんなことと宣言するのが可能なのは、2つの国の混乱が、エジプト、リビア、パレスチナなどの絶望的な状況を生きる人たちにとって、暴力(ジハードという名の自己犠牲、それを象徴する自爆テロ、殺戮)だけが有効であると信じられ、その暴力で「イスラム国」を実現することを正当化、実行することを許してしまっているからです。その一つの始まりが、アメリカによるイラク戦争であることを「中東の絶望、そのリアル」は、その現場に身を置いてリポートしていることで明らかにします。
そして、「中東の絶望、そのリアル」が、リアルに指摘するのは、この絶望と、そこから生まれる暴力は、今もこれからも、世界のどこであっても脅かさずには置かないであろうことです。中でも、日米同盟を国是として掲げる日本は、世界のどこであれ、いわゆるISの暴力のターゲットになることは避けられません。
「中東の絶望、そのリアル」の結びの言葉の一つが「しかし、私の世代の物語は、次世代の物語でもある」です。
「地獄の日本兵/ニューギニア戦線の真相」(飯田進、新潮新書)が書かれたのは2008年です。ニューギニア戦線で生き残った飯田進がそれを本にして残すことになった理由を“おわりに”で書いています。「防衛庁が防衛省に昇格し、憲法改正のための国民投票が論議されている今の日本に、最も求められている国民的課題は、60年前に行った大戦の真相と、それを覆い隠してきた歴史的経緯を、しかと検証する営為だと私は思います。醜いはらわたは、明るみに出さねばなりません」。「醜いはらわた」と飯田進が、繰り返し書くのは「太平洋戦争の最大の死亡理由は餓死だった」「百万人を超える兵士が飢えて死んだ」現場であり、数少ない証言も紹介されています。「見ている前で次々と兵士たちは斃れていった。力がつき果てたのか、杖をついて樹に寄りかかっているものが次第にくずれ落ち、そのまま口をすこし動かしたまま死んでいくのだ。そのようにして、斃れていった同胞が、一夜もたたないうちに、大腿や内臓部が切りとられている。その見るも無残な姿を見て、目の前がまっくらになった。いかに餓死しようとも、いままでともに苦労を重ねてきた仲間の肉まで剥ぎ取る…」。(前掲書、第36師団、第6飛行隊、三橋正代手記より)。その「醜いはらわた」の物語は書かれませんでした。その世代の物語が書かれなかった結果、醜いはらわたの物語は、そのまま繰り返されることなります。防衛庁を防衛省に昇格させた日本は今その道をひた走っています。
「ダッハウ強制収容所自由通り」(エドモン・ミシュレ)、「『白バラ』尋問調書」「人類」(ロベール・アンテルム)を読むことになりました。ナチスは敗戦を間近に、「強制・絶滅収容所」の事実を徹底的に抹消しようとしますが、どうしても抹消できなかった事実を記録として明らかにしたのが「ナチ強制・絶滅収容所/18施設内の生と死」(マルセル・リュビー、筑摩書房)です。政治犯なども収容し「モデル収容所」と定義されたダッハウでは、「絶滅」ではなく、人体実験、強制労働などが収容者に課されました。「1933年から1945面まで…およそ25万人の抑留者を収容した。約7万人が虐待をうけて命を落とし、14万人がほかの収容所へ移送され、3万3000が、1945年4月29日、アメリカ第7師団の手で解放された」。「狩りの時代」(津島佑子)は、「無用」とされた人間を狩ることが、ナチスから日本へとつながっていたことの物語を、もう一つ別の物語でとらえ直しました。もう一つ別の物語を書く強い意志の結果が「狩りの時代」です。
大人の世界では望むと望まないに関わらず、自分たちが今生きている世界の物語を、たとえそれが「絶望のリアル」であったとしても書かなくてはならないのです。
今を生き、次世代を生きる子どもたちの物語は、絵本であったり児童文学であったりします。その際の、絵本、児童文学にもとめられるものを、「絵本論」(瀬田貞二)を元に、松岡享子さんがまとめています。
「幼い子たちが絵本の中に求めているものは、自分を成長させるものを、楽しみのうちにあくなく摂取していくことです。――いいかえれば――生きた冒険なのです。」
「子どもたちを静かなところにさそいこんで、ゆっくりと深々と、楽しくおもしろく美しく、いくどでも聞きたくなるようなすばらしい語り手を、私たちは絵本とよびましょう。」
「お話をしてくれる絵、それが絵本のよしあしをきめ、絵本の標準をたてることになります。」
「よい絵本は、まず物語の雰囲気と一致していること、人物や事件を生かすこと、正確であること、細部まで気をくばること、晴朗で霧がかからないこと、繁雑でなく力強いこと、にせ子ども的でないこと。場面に流動感があること、そして、一冊に構成があるものです。」
「(よい絵本を見分ける目を養うには、子どもが)なんどもなんどもくり返して立ち戻っていく絵本に親しむことです。(子どもが)体験するところを追体験していけば、絵本のよしあしはすぐわかります。」
つい最近、原作・佐渡裕、絵・はたこうしろうで出版された絵本が「はじめてのオーケストラ」(小学館)です。この絵本・物語について感想を以下のようにまとめてみました。
クリスタル・アーツ 様
佐渡 裕 様
この度は、佐渡監督の絵本「はじめてのオーケストラ」をご手配いただき、御礼申し上げます。
読み継がれるに値する1冊の絵本が、生活の中にあるかないかは、今を生きる子どもたちすべてを決定するくらい重要であると思っています。子どもたちと大人(お母さん、お父さんなど)をつなぐ、かけがえのない心の言葉になるのが絵本だからです。絵本は、そのテーマ、言葉、絵、その一つ一つの存在感が問われます。その場合の何より求められるのは、読み聞かせをするその絵本が、子どもたちが全身で(決して大げさでなく)受けとめるに足るかどうかです。
「はじめてのオーケストラ」を、子どもたちと一緒に読みました。偉そうなことは言えないのですが、以下その時の感想です。
1、導入が自然であること。
2、子どもたちにとって一番大切な身近な人との物語であること。
3、楽器という子どもたちになじみの薄いものを“主人公”が手にしていること。
4、それの本物が舞台で登場するまでのワクワク感
5、一番に難しい“音”が絵になって描かれていること。
6、喜び、嬉しいということが、抽象的にではなく、具体的な形で描かれていること。
7、絵本の(子どもの文学)何よりの課題である、この世界が信じるに値することを伝えるに足る物語として完結していること。
絵本に求められる課題に応える「はじめてオーケストラ」であって初めて、およそ40人の子どもたちが、目を逸らすことなく聞き入っていました。
絵本の最も厳しくかつ最高の読者である子どもたちが、及第点をつけた、ということになります。
ありがとうございました。
2016年12月22日
〒662-0834 兵庫県西宮市南昭和町10-22
西宮公同幼稚園
菅澤邦明
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