長田弘の詩に始めて出会ったのは、1989年頃「解りやすく、詩が身近になる」と紹介されていた新聞記事です。紹介されていたのは詩集「食卓一期一会」(晶文社)でした。
たいした料理は作りませんが、自分でも包丁を研いで使っていますから「包丁のつかいかた」などの詩に出会って、長田弘のファンになり、断続的に詩やエッセイ、旅行記などを読ませてもらってきました。
1980年代の後半から90年代にかけて出版された「双書、20世紀紀行」(晶文社)で、広く深く世界と出会わさせてもらいました。「アレクサンドリア」(E.M.フォースター)、「かくも激しく甘きニカラグア」(フリオ・コルサルタル)など。「アフガニスタンの風」(ドリス・レッシング)に出会っていなかったら、アフガニスタンは遠い世界のままだったはずです。この双書の巻末/鶴見俊輔と長田弘の対談は後に一冊にまとめられますが、より広く深く世界と出会う助けになりました。
1995年の「小道の収集」(講談社)の冒頭の「今日、あなたは空を見上げましたか。空は遠かったですか、近かったですか。雲はどんなかたちをしていましたか…」で始まる「最初の質問」の淡淡と日常を語る詩は、日常がくつがえされた日々に、心にしみ通る詩の言葉と2000年頃から、長田弘の訳で「詩人が贈る絵本」が、みすず書房からシリーズで刊行されますが、その一冊目が「白バラはどこに」でした。それは、ヒトラー政権に抵抗したドイツ人学生グループ「白バラ」がモデルになった絵本です。シリーズには、「リンカーンゲティスバーグ演説」(マカーデイ)も紹介されており、“白・黒”の簡素な版画の絵は、大統領の“崇高”な演説とその人をふさしく伝える絵本になっていました。
2009年、妻を亡くしますが、長田弘の2つの詩「花を持って会いにゆく」、「人生は森の中の一日」とクリムトの「樹木と花々の絵」とが、絵本「詩ふたつ」(クレヨンハウス)になりました。「愛すること」をテーマに描くクリムトのもう一つの世界「樹木と花々の絵」は、離れているように見えますが、それを圧倒的に描く描き方は、クリムトの描く「愛すること」の中にも同じように貫かれているように見えます。
1999年の「森の絵本」(絵2011年の「詩の樹の下」(みすず書房)で少しは納得できたように思います。詩人は「…樹や林、森や山のかさなる風景に囲まれて育った幼児期の記憶」を胸に刻んで生きてきた人だったのです。その「幼児期の記憶」の舞台は福島でした。
その時、既に病んでいた長田弘が亡くなったのは2015年です。
たくさんの詩を書いて、たくさんの人たちを詩の入口に案内し145冊が「小さな本の大きな世界」(クレヨンハウス)となってまとめられています。
少し難しいと思われがちな詩の「入口」に案内してきた詩人の絵本などの紹介は、もちろん紹介・選んでいる絵本の力にもよるのでしょうが、一冊一冊が少し立ち停まって、少し考えて、その本を手にとってみたくなる案内です。
リンカーン ゲティスバーグ演説
87年前、私たちの父たちは、
この大陸に、新しい国を、生みおとしました。
この国は、「自由」のなかに育まれ、そして、「すべての人間は
平等に創りられている」という命題に、じぶんをささげてきました。
今、私たちは、この国が、あるいは、このように育まれ、このよう
にじぶんをささげられる国が、永続できるかどうかという、たいへ
んな市民の戦争を戦っています。
この戦争のもっとも激しい戦場だった場所に、私たちは
集っています。
この国が生きのびられるようにと、ここでいのちを投げうった人た
ちの最後の安息の地として、この戦場の一部をささげるために、
私たちはここに集ったのです。
これは、私たちがなすべきことであり、まさに当然のこと、
自然のことです。
しかしながら、よりおおきな意味においては、この地を、
――ささげて、
――聖なる地とし、――浄めることができるのは、私たちではけっ
してありません。
この地で闘った、勇気ある人たちこそ、生ける者も死せる者もとも
に、私たちのとぼしいちからの遠くおよばないところで、この地を、
聖なる地としたのです。
私たちがここで何を語ろうと、世界はさして注意をはらわないで
しょうし、末ながく想い出にとどめることもしないでしょう。しか
し、勇気ある人たちがこの地でなしたことが忘れ去られることは、
けっしてないのです。
この地で闘った人たちが、気高くも、これほどまでに前進させなが
ら、まだ完了していない仕事に、今、身をささげること。それこそ、
私たち、生きてある者のなすべきことです。
私たちのまえにのこされているおおきな困難に、今、身をささげ
るべきは、むしろ私たちなのです。――誉れある死者たちから、
私たちは、かれらが最後の最後まで身をささげた理想に対する、
いっそうの献身を受け継がなければなりません。
これらの死者たちの死を空しくしないよう、私たちは決意を堅くし
なければなりません。――造物主のもとで、この国が、
市民の自由の新しい誕生を、手にできるように。――そうして、
人びとを、人びとが、人びとのために、自ら律する国のあり方を、
この地上から消滅させないために。
長田弘 訳 絵 マイケル・マカーディ
序 ゲリー・ウィルズ
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