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2017年03月02週
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東北の大地震・大津波そして東電福島の事故から6年、東電福島の事故で避難している人たち、およそ8万人のうちの3.2万人の避難が解除されます。中には、大津波で住居が流されたりした人たちもいますが、多くは東電福島の事故で降り注いだ放射性物質で、そこが住めなくなってしまったからです。全住民避難となっている飯舘村は、地震・津波の被害はありませんでしたが、爆発で飛散した放射性物質が、その時の気象条件が重なり、村周辺に降り注いだ結果、住めない村になってしまいました。しかし、こうした情報は、直後には村の人たちに知らされることはなく、更に村は避難経路になり、そこを通って避難するたくさんの人たちが逃げながら被曝しました。飯舘村のほぼ全域が汚染されているにもかかわらず、全村避難となったのは事故から2か月近く経ってからです。
その飯舘村を含め、川俣町、浪江町、富岡町の3.2万人の避難が3月31日で解除されることになります。これらの村・町の人たちが避難することになったのは、東電福島の事故で降り注いだ放射性物質でそこが人間の住めない場所になったと判断されたからです。それは放射線量によって以下のように区分されていました。
1〜20mSv/年 避難解除準備区域
20〜50mSv/年 居住制限区域
50mSv/年以上 帰還困難区域
避難指示が出され、それが解除される為には、区分の根拠にもなっている放射線量が下がることが条件でその為に実施されているのが、放射性物質の除染です。3月31日の避難指示の解除にあたり、現在の放射線量のことは問題になっていません。汚染土壌を剥ぎ取るなどの除染は、避難解除準備区域、居住制限区域などで途方もない費用で何より作業員たちが被曝しながら実施されてきました。既にその費用は2.5兆円に達し、4兆円を超すとも見込まれています。ちなみに、見込まれる事故対策の総額も増え、21.5兆円です(3月6日、朝日新聞)。
除染した結果の放射線量の数値を見て避難指示解除だったのに、その事をあいまいに問題にもしないで決められたのが「今春解除、3.5万人」なのです。(3月6日、朝日新聞)。
原子力発電所は、発生する放射性物質を技術の力で閉じ込めることを条件に稼働が許される施設です。東電福島の事故は、当事者である東京電力によって、「想定外」の大地震の大津波に襲われ、全電力を喪失することによって起こった「想定外」の事故だとされてきました。それも単なる事故ではなく「重大事故」です。
事故から6年、事故の東電福島では今も緊急の事故対策に追われています。
東電福島の事故、重大事故を「想定外」で言い逃れることが許されないのは、原子力発電所の稼働は、放射性物質を完全に閉じ込める技術が条件であり、結果的に閉じ込められなくなったとすれば、どうであれそれは、技術の破綻を意味します。どんな技術の営みであっても、過去の技術の蓄積があって今があ
るとすれば、その技術に基づきすべての可能性を追求することが技術の使命であるはずです。原子力発電所の場合は尚の事、その技術が問われます。原子力発電所の事故の場合、中でも重大事故の場合は、東電福島がそうであるように、どんな対策も間に合いません。取り返しがつかないのです。ですから、どんな環境、どんな状況であっても、耐えられることを「想定した」完全な技術であって初めて稼働が許されるのが原子力発電所なのです。
東電福島で重大事故は起こってしまいました。避難している人たちを元の村・町に戻すという約束で実施されてきた除染は、その目的を達成することも、条件を満たすこともできていません。消し去ることのできない放射能の毒は、どんなに処理をほどこしても消去することはできないからです。
3月31日で、除染された飯舘村、川俣町、浪江町、富岡町は、一部を残し避難指示は解除されますが、除染の結果の放射線量が示されません。避難指示は、測定された放射線量によって区分されたにもかかわらず、避難指示解除にあたっては、そのことが言及されないのです。
その3月31日になっても、解除未定なのが、双葉町、大熊町です。いずれも、事故の東電福島が立地ないし隣接する町で、その両町にまたがって中間貯蔵施設が建設されます。双葉町は、2012年に当時の井戸川克隆町長が町議会で不信任され、辞任し、伊沢史朗町長に代わり2017年1月に再選されています。「双葉町には、東京電力福島第一原発がある。2011年3月の原発事故で、町の面積の96%が人の住めない『帰還困難区域』となった。約7千人の町民全員が、北海道から沖縄まで全国38都道府県に散り散りに避難している」(3月5日、朝日新聞)。「『双葉は(復興が)1周半、遅れています』、震災から1年がたったころ、双葉町議会の副議長だった伊沢は、政府関係者からこう言われた」「事故直後、当時町長だった井戸川克隆(70)は『放射能から町民を守る』と訴え、住民約1200人を率いて埼玉県の『さいたまスーパーアリーナ』に役場ごと避難した。福島県内の自治体で役場機能を県外に移したのは双葉町だけだ」「井戸川は『人が住めないところに住ませようとするのは犯罪だ』と述べ、住民の早期帰還をめざす国や、福島県内に役場を戻すべきだと主張する町議会と対立した。町政は混乱、復興計画の策定は遅れた」「混乱は住民の分断も生んだ。メディアに注目された埼玉県の避難者に対し、福島県内にとどまった避難者からは『町に見捨てられた』との声も上がった。『このままだと地図上から双葉町が消える』と伊沢は危機感を抱いた」「当初の遅れはいまも尾を引き、昨年の双葉町の復興関連事業の数は、同じく第一原発が立つ、隣の大熊町の半分以下にとどまる」(3月5日、朝日新聞)。
井戸川克隆前町長が事故直後、役場機能を県外に移し、「町政が混乱」「住民の分断を生んだ」ことで、当初の復興計画の策定が遅れ、「当初の遅れはいまも尾を引き、昨年の双葉町の復興関連事業の数は、同じく第一原発が立つ、隣の大熊町の半分以下にとどまる」と、そのことの原因となった町政の混乱、住民の分断、そして「復興一周半遅れ」になったのは、その当時の町長の責任であると新聞記事は指摘します。
(この項続く) height=1
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