日本キリスト教団西宮公同教会・西宮公同幼稚園
教会について
礼拝・諸集会のご案内
小さな手・大きな手
公同通信
教会学校について
公同幼稚園について
どろんこと太陽
関西神学塾:スケジュール
関西神学塾:講師紹介
楽しい学習
賃貸住宅事業部とは
テナントについて
活動内容
アートガレーヂについて
催し物のご案内
リンク
アクセスマップ
お問い合せ
width=1
top>小さな手大きな手
width=639
小さな手大きな手

height=1
2017年05月01週
height=1
僕は戦争が嫌いです
書物で読む戦争
書物で見る戦争

「戦争」は、どんなに書物で読み、どんな書物で見たとしても、生きた人間が肉片となってとび散る時の衝撃、その絶望と虚無を描き伝えることはできません。
 しかし、書物(映像であっても)は、そのぎりぎりの現場、事実に迫り、かつ戦争をする人間の考察に貢献してきました。
 一つ一つ、すべてに目を通している訳ではありませんが、数十年間、西宮北口で西宮公同教会、西宮公同幼稚園の仕事を介して出会ってきた、書物による戦争を紹介させていただくことになりました。
 戦争が身近に、しかも、北東アジアを舞台にそれが始められるかも知れない時に、「僕は戦争が嫌いです」。
 人間が出会うどんなものより醜悪な、人間のする戦争を僕は嫌いです。

「アナバシス―敵中横断6000キロ」(クセノポン/岩波文庫)
「夢遊病者たち―第一次世界大戦はいかにして始まったか」(クリストファー・クラーク:著、小原淳:訳/みすず書房)
「汚れた戦争1914-1918 」(タルディ:著、 ヴェルネ:著/共和国 )
「プーさんとであった日/世界でいちばんゆうめいなクマのほんとうにあったお話」(リンジー・マティック:文、ソフィー・ブラッコール:絵、山口文生:訳/評論社
「ウィルフレッド・オウェン戦争詩集」(ウィルフレッド オウェン:著、 Wilfred Owen :原著、中元初美:訳/英宝社)
「ジョージ・オーウェル―1984年への道 」(ピーター・ルイス:著、筒井正明:訳、岡本昌雄:訳/平凡社)
「動物農場」ジョージ・オーウェル:著、George Orwell :著、高畠文夫:訳/角川文庫)
「カタロニア讃歌」(ジョージ オーウェル:著、George Orwell:原著、都築忠七:訳/岩波文庫)
「終わりと始まり」(ヴィスワヴァ・シンボルスカ:著、沼野充義:訳/未知谷)
「ワルシャワ蜂起1944」(J.M.チェハノフスキ:著、梅本浩志:訳/筑摩書房)
「原爆をみつめる―1945年広島・長崎 写真集」(飯島宗一:編、相原秀次:編/岩波書店)
「原爆の図 画集」(丸木位里:作、丸木 俊:作/田園書房)
「いしぶみ―広島二中一年生全滅の記録」(広島テレビ放送:編/ポプラ社)
「水木しげるの娘に語るお父さんの戦記」(水木しげる:著/河出書房新社)
「マンガ 水木しげる伝 完全版 中 戦中編」(水木しげる:著/講談社漫画文庫)
「水木しげるのラバウル戦記」(水木しげる:著/ちくま文庫)
「大岡昇平集〈9〉レイテ戦記 上 (1983年)」(大岡昇平:著/岩波書店)
「大岡昇平集〈10〉レイテ戦記 下 (1983年)」(大岡 昇平:著/岩波書店)
「あの夏、兵士だった私」(金子兜太:著/清流出版)
「骨のうたう“芸術の子”竹内浩三」(小林 察:著/藤原書店)
「竹内浩三集」(よしだみどり:編、竹内浩三:著 /藤原書店)
「竹内浩三全作品集 全1巻 日本が見えない」(竹内浩三:著、小林 察:編/藤原書店)
「神聖喜劇 (第1〜6巻)」(大西巨人、のぞゑのぶひさ、岩田和博/幻冬舎)
「容赦なき戦争―太平洋戦争における人種差別」(ジョン・W・ダワー:著、 John W. Dower :原著/平凡社)
「昭和――戦争と平和の日本」( ジョン・W・ダワー:著、明田川 融:監修、監修、翻訳/みすず書房)
「戦時期日本の精神史―1931‐1945年」(鶴見俊輔:著/岩波書店)
「石原吉郎セレクション」(柴崎 聰:編集/岩波書店)
「卑怯者の島/戦後70年特別企画」(小林よしのり:著 /小学館)
「戦場の軍法会議 日本兵はなぜ処刑されたのか」(NHK取材班:著、北 博昭:著/NHK出版)
「東京プリズン」(赤坂真理:著/河出書房新社)
「戦争をしない国 明仁天皇メッセージ」(矢部宏治:著、須田慎太郎:著/小学館)
「パーリアとしてのユダヤ人」(ハンナ・アレント:著、寺島俊穂:訳、藤原隆裕宣:訳/未来社)
「『白バラ』尋問調書―『白バラの祈り』資料集」(フレート・ブライナースドルファー:編、 Fred Breinersdorfer:原著、石田勇治:訳/未来社)
「ダッハウ強制収容所自由通り」(エドモン・ミシュレ:著、 Edmond Michelet :原著、宇京頼三:訳/未来社)
「人類―ブーヘンヴァルトからダッハウ強制収容所へ」(ロベール・アンテルム:著、 Robert Antelme:原著、宇京 頼三:訳/未来社)
「アイヒマン調書―イスラエル警察尋問録音記録」(ヨッヘン・フォンラング:編、Jochen von Lang :原著、小俣和一郎:訳/岩波書店)
「スペインを追われたユダヤ人―マラーノの足跡を訪ねて」(小岸 昭:著/筑摩書房)
「水晶の夜―ナチ第三帝国におけるユダヤ人迫」(H‐J・デッシャー:著、小岸 昭:訳 /人文書院)
「ナチ強制・絶滅収容所―18施設内の生と死」(マルセル・リュビー:著、 Marcel Ruby:原著、菅野賢治:訳/筑摩書房)
「ユーゴ内戦―政治リーダーと民族主義」(月村 太郎:著/東京大学出版会)
「ぼくたちは戦場で育った サラエボ1992─1995」(ヤスミンコ・ハリロビッチ:著、千田 善:監修、角田光代:訳/集英社インターナショナル)
「サラエヴォ・ノート」(フアン・ゴイティソーロ:著、Juan Goytisolo:原著、山道 佳子:訳/みすず書房)
「パレスチナ問題」(E.W. サイード:著、杉田英明:訳/みすず書房)
「戦争とプロパガンダ」(エドワード・W. サイード:著、Edward W. Said:原著、中野真紀子:訳/みすず書房)
「戦争とプロパガンダ 3―イスラエル、イラク、アメリカ」(エドワード・W・サイード:著、中野真紀子:著/みすず書房)
「裏切られた民主主義―戦争とプロパガンダ」(エドワード・W・サイード:著、中野真紀子:訳/みすず書房)
「死を生きながら イスラエル1993-2003」(デイヴィッド・グロスマン:著、二木麻里:訳/みすず書房)
「ガザ通信 単行本」(サイード アブデルワーヘド:著、Said Abdelwahed:原著、岡 真理:訳、TUP、訳/青土社)
「三つの願い―パレスチナとイスラエルの子どもたち」(デボラ・エリス:著、 Deborah Ellis:原著、もりうちすみこ:訳/さえら書房)
「五月のガザ (MouRa) 」(押原 譲:著/講談社)
「アフガニスタンの風」(ドリス・レッシング:著、加地永都子:訳/晶文社:新装版
「戦場記者が、現地に暮らした20年―中東の絶望、そのリアル」(リチャード・エンゲル:著、冷泉彰彦:訳/朝日新聞出版)
「嵐の中のアルジェリア」(フアン ゴイティソーロ:著、Juan Goytisolo、原著、山道 佳子:訳/みすず書房)
「バービイ・ヤール (1973年)」(A.アナトーリ:著、平田 恩:訳/講談社)
「ピカソの戦争 《ゲルニカ》の真実」(ラッセル・マーティン:著、木下哲夫:訳/白水社)
「戦争の物理学―弓矢から水爆まで兵器はいかに生みだされたか」(バリー・パーカー:著、藤原多伽夫:訳/白揚社)
「兵士は戦場で何を見たのか」(デイヴィッド・フィンケル:著、古屋美登里:訳/亜紀書房)
「グアンタナモ収容所 地獄からの手記」(モハメドゥ・ウルド・スラヒ:著、ラリー・シームズ:編、中島由華:訳/河出書房新社)
「チェルノブイリの祈り――未来の物語」(スベトラーナ・アレクシエービッチ:著、松本妙子:訳/岩波書店)
「戦争は女の顔をしていない」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著、三浦みどり:訳/岩波書店)
「ボタン穴から見た戦争―白ロシアの子供たちの証言」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著、三浦みどり:訳/岩波書店)
「セカンドハンドの時代―「赤い国」を生きた人びと」(スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ:著、松 妙子:訳/岩波書店)
「ジャンプ 他十一篇」(ナディン・ゴーディマ:著、柳沢由実子:訳/岩波書店)
「DAYS JAPAN 11月号『人々の意志が戦争を止める日が必ず来る』」(広河隆一:著/デイズジャパン)

 「書物で読む戦争・書物で見る戦争」以外にも、人間はいっぱい戦争をしてきました。国であったものが壊れ、「民族」が殺しあう戦争もしてきましたが「侵略」戦争も繰り返されてきました。アメリカが、ベトナム、中南米、アフガニスタン、イラクなどでしてきた圧倒的な武力で自らは多くは傷つかない戦争で、悲惨な戦争の現場を生き殺されたのは民衆でした。同じような戦争を主導してきたという意味では、ソ連・ロシアもそんなに変わりません。
 その戦争をするのは、人間だけです。
 「私は、あらゆる動物のなかに精巧な機械しか見ない。自然はその機械に、自分でネジを巻けるように、ある程度までは自分を破壊したり狂わせたりするすべてのものから身を守ることが出来るように、感覚器官を与えたのである。私は、まさにそれと同じものを人間という機械の中に見る。たった一つだけ違うのは、禽獣(きんじゅう)の場合、自然のみがその行動においてすべてを律するのに対し、人間は自由な行為者として自らの行動に関与することが出来るという点である。前者は本能によって、後者は自由な行為として選択し、あるいは拒否する。つまり禽獣は、そうすることが自分にとって有利である場合さえ、自然によって課された規則から逸脱することが出来ないのに対し、人間は自分の損になる場合さえ、しばしば規則に違反するということである。(略)好き放題をやらかす人間たちは、暴飲暴食に走ったすえ、熱病に取りつかれ死んでしまう。精神は感覚器官を狂わせ、意思は自然が黙しているときもなお、語ることを止めないからである。「人間不平等紀元論」(1755年、ルソー、岩波文庫)。
 そして今、準備してきた戦争の道具を使い、新たな戦争を始めようとしています。 height=1
[バックナンバーを表示する]
height=1


フ皃width=80

Copyright (C) 2005 koudoukyoukai All Rights Reserved.