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2005年11月02週
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 11月8日早朝、兵庫県企画管理部・教育課の課長Iさんが亡くなられたことが報じられました。Iさんとは、今年の4月に教育課長に就任した直後に教育課を尋ねたのが初対面でした。9月に兵庫県私立幼稚園協会が、勤続年数の長い先生たちに記念品を贈呈する集まりにIさんは招待されていました。セレモニーが終わった後も会場に残り、岡本夏木さんの講演に最後まで耳を傾け、さらに控え室でも岡本さんを囲み、講演のこと、幼児教育の現場のことを話し合ったりする輪の中にIさんは残っていました。そして、「・・・こんなことはしていられない。課に帰ったら叱られる・・・」と、大急ぎで近くの庁舎に向かった様子が印象に残っています。と言うか、役職上型通り付き合うのでなく、現場の問題を少し共有する位置で、“役人をしている”人のように思えました。
 翌日(9日)午前10時頃、西私幼連理事長の所桂子さんと県庁2号館3階の教育課を訪ねました。Iさんの机に花束を置かせていただきたいと申しでると、いつもとは違う様子で仕事をしていた人たちに、さらに違う空気が流れたように思えました。一斉に立ちあがった教育課の人たちの中、所さんがIさんの机に花束を置き、黙礼しその場を去りました。で、気が付いたのですが、亡くなったIさんの席には、椅子の上に私物らしきものを入れた紙の手提げ袋が置かれているだけで、一輪の花も置かれていなかったことです。で、その足ですぐ同じ2号館6階に向かい知事に面談を申し入れました。待合室でしばらく待たされた後「・・・知事は他の方との約束があって、お会いできないので、私が用件をおうかがいします」と言って現れたのは、知事室秘書課主幹の松田直人さんでした。亡くなったIさんのことで哀悼の意を表し、更にご家族には格別の配慮をお願いしたい、と手短に用件を言って立ち去ろうとすると、松田さんに「・・・僕は西宮公同幼稚園の卒園です」と言われたのには、びっくりしてしまいまいた。42歳の松田さんは、子どもの頃に両度町のJRの社宅に住んでいて、公同幼稚園を卒園することになったとのことでした。(・・・園長の仕事をするようになるのは、1978年くらいの頃ですから、それより10年ほど前の卒園児ということになります)。
 9日の夜は、予定では中之島公会堂でラオスの人形芝居を見ることになっていましたが、JR明石駅近くの葬儀場で営まれるIさん通夜に出席することになりました。で、阪急三宮駅東改札口を出たあたりの売店に並んだ新聞の大きな見出しで、桂吉朝さんが亡くなったことを知りました。吉坊さんの師匠の吉朝さんは、かねてより体調がおもわしくないということは聞き及んでいました。でも、確か11月17日の西宮市内の落語会には吉朝あんの名前もありましたから、ほんとうにびっくりしてしまいました。
 “JR明石駅から近い”はずの葬儀場は、下りたバス停からの道もわかりにくく、着いたのは通夜もなかばぐらいの頃でした。型通りの通夜が終わり、“玉串”の捧げ方について再三の注意があって、会葬者の列が動き出しました。その最初のあたりに、元知事の貝原さんの顔が見えたので、近寄ってあいさつをしました。「・・・どうしてこんなことに」「・・・わからない」「・・・悲しすぎますよ」「・・・かわいそうなことをした」など短く言葉を交わした後、貝原さんは葬儀場をあとにしました。(Iさんは、貝原さんが知事の頃秘書課にいた人)。順番が回ってきて、玉串を捧げた時に目にしたIさんの棺には、朝届けた花束がそのまま置かれていました。
 「『力になれなくて申し訳ありません』などと書いたメモ」を残して自殺してしまったIさんは、県の私学補助などの配分では、少なからざる力を持っています。ですから、予算配分の結果が出てみれば、誰に対して(どこにたいして)力になれなかったか、解る人には解るのかも知れません。その誰かに対して力になれなかったことが、このメモが語っている自殺の理由ということにもなります。しかし、そうして人の死の理由を詮索するのは、人の死をもてあそぶことと似ていなくはありません。ではなくって、たぶん多くの場合人は、いくばくかの理由を見つけて、死なないで(あるいは死ねないで)いるように思えます。家族とのつながり、自分というものへの少しばかりの誇り、死ぬほどの勇気がないなどが、人が死なないでいる理由かも知れません。と言うか、人はそれほど孤立した存在であり、あやうい自分を生き延びているに違いないからです。そうして生きている時、ほんの細い糸が切れることがきっかけで、人は生き延びるのが難しくなったりもします。
 
 僕の背中は自分が 思うより正直かい? 誰かに聴かなきゃ 不安になってしまうよ 旅立つ僕の為に ちかったあの夢は 古ぼけた教室の すみにおきざりのまま
 あの泥だらけのスニーカーじゃ 追い越せないのは 電車でも時間でもなく僕かもしれないけど・・・(“うたのきろく”槇原敬之) height=1
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