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2017年12月05週
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 幼稚園の年長の子どもたちの、2度目になる、篠山市後川の宿泊保育は10月13日〜14日でした。6月の宿泊保育は、きいちごなどで春の山を楽しみ、夜は羽束川から湧くように光の舞を演じるほたるを楽しみました。10月の後川は、自然、中でも多彩な“実り”をたっぷり味わうことになりました。“篠山―!”の呼び声も高い福本さんの栗園は10月の初旬で収穫は終わっていますが、幼稚園の子どもたちの栗拾いの為、福本さんが“くり撒き”をして待っていて下さいました。篠山、後川特産の黒大豆枝豆は解禁が10月第2週です。その解禁の豆は、篠山の味まつりが優先ですが、地元でも評判の黒大豆枝豆の刈り取りに毎年畑を開放しているのが小倉 勲さんです。立派な大粒の豆の黒大豆枝豆は、子どもたちの背丈を超える幹に枝を伸ばして実をつけます。その幹が立派なのです。で、登場するのが特別のカッターで、子どもたちは一人ずつ、小倉さんに手伝ってもらって、力いっぱいで自分の枝豆を刈り取るのです。この日の、3つ目の秋の実りの収穫は倉 豊さんが育てて下さっているさつまいも掘りです。幼稚園の畑よりは手入れが行き届いている、倉さんのさつまいもは、つる、葉も立派です。つるを刈り取り、一株ずつスコップを入れ、畑の土から少しだけ浮き上がらせるようにしたさつまいもを、子どもたちが掘り出します。掘り出したさつまいもも一つ一つが幼稚園の畑より一回り大きく育っていました。
 夕食は、くり・いもごはん、さつまいもも入ったみそ汁(後川の黒大豆みそ、後川のこんにゃくなども入っている)、子どもたちも皮むきをしたさつまいもの茎のきんぴらもおかずの一品になりました。もちろん、たっぷりの黒大豆枝豆!!
 そして、夜食は掘りたてのさつまいも焼いもでした。後川の倉さんのさつまいもの焼いもは、そのまま“スイートポテト”の味なのにはびっくりしました。
 そして、夜食の時に読んだのが、「サリーのこけももつみ」(ロバート・マックロスキー絵、石井桃子訳、岩波書店)です。6月の後川のきいちごの時だったらぴったりの絵本なのですが、秋のたくさんの収穫を楽しんだ後でも、子どもたちの心をとらえずには置かないぴったりの絵本が「サリーのこけももつみ」です。サリーとお母さんは、こけももやまへこけももつみに出かけます。「こけももをつんだら、うちに、もってかえって、ジャムをつくりましょう。そうすれば、ふゆになって、たくさん ジャムが たべられるからね」という、ジャムのこけももをつむためです。そのこけももやまで、くまのおやこと“鉢合わせ”をしてしまいます。「ふとって、おおきくなるように、たくさん たべておおき。さむい、ながいふゆがくるから、おなか、いっぱい たべものを ためておかなくては いけないのだよ」というくまのおやことです。ふゆのためのジャム、ふゆのために食べてふとるというより、今、目の前のこけももに夢中なのは、サリーも、くまのこどもも変わりません。そんなよく似た2組の親子がスリリングに出会っていくのが「サリーのこけももつみ」です。
 こけももつみのサリーが成長した時の妹との物語が「海辺のあさ」です。阪急ガーデンズは11月1日〜12日に、「えほんガーデン」を企画しました。企画の一つである「西宮に縁のある方々100名が選んだ『思い出絵本』」に、ロバート・マックロスキーの「海辺のあさ」を選んでしまいました。マックロスキーの絵本で「思い出」というなら「すばらしいとき」(福音館)のはずでした。子どもたちとの生活で、大人としてやっと絵本に目覚めた時に、娘と共有することになったなによりの絵本が「すばらしいとき」だったのです。ページを開くたびに、“詩”のように語りかける不思議な絵本に、幼い娘は脇にはさんで歩き回り、離さないくらい気に入っていました。「思い出絵本」になったのです。なのに、ガーデンズの企画では、勘違いで「海辺のあさ」をあげてしまいました。たぶん、宿泊保育の時の「サリーのこけももつみ」の子どもたちの印象が強く残っていて、同じサリーの「海辺のあさ」になってしまったのだと思います。 
 「思い出絵本」に「海辺のあさ」をあげてしまって、展示はしてもらったものの、少なからず心配でした。で、年長の子どもたちと出かけた時に、「えほんガーデン」開催中のガーデンに立ち寄り、「抽選抜き」で、「海辺のあさ」を会場で読みました。「海辺のあさ」は、およそ60ページ、文字がいっぱいつまっていて、「読み聞かせ」をすると、30分はかかってしまう絵本です。長いのです。時間がつまっていた為、少し早口で読んだ「海辺のあさ」を、人通りもあったりするあの場所で、子どもたちはずっと耳を傾けていました。「絵本の底力」が、聞き手である子どもたちの心に届いているのを、読みながら感心しながら読み続けた25分でした。その時何よりの働きが、白黒の絵が表現するサリーを囲む家族たちの生活の描写です。ページを開いたときに繰り広げられる絵は、“繰り広げられる”と言う表現がそのままの、家族、その家族と生活する生きもの、使われているコップ、家具の一つ一つが生きて配置され、その一つ一つがそこに存在して語りかけているのですから、子どもたちが引き付けられない訳がありません。物語がしっかりした骨格を備えているだけでなく、次につながる時の必然性も、作者・マックロスキーは徹底的に考え抜いた結晶の絵本であるように読めます。だから、聞き手である子どもたちは、目をそらすことができないのです。子どもというものを生きた一人の存在として受けとめ、どんな意味でもどんなことも、おろそかにはしないという覚悟によって貫かれているからだと思えます。

 以下はガーデンズの「えほんガーデン」で勘違いで選んだ「海辺のあさ」のコメントです。

 73年前生まれ育った世界で身近に絵本はありませんでした。子どもたちが生まれ育った時、一緒に読んだ絵本に一緒に魅了され、絵本の底力を知りました。一冊を選ぶなら、「海辺のあさ」です。

 ロバート・マックロスキーを代表する、もう一冊の絵本が「かもさん おとおり」(やく・わたなべしげお、福音館)です。「海辺のあさ」とほぼ同じ60ページ、文字もたっぷりの絵本です。
 「かもさん おとおり」は、「かものマラードさんと マラードおくさん」が「すをつくるばしょ」を捜し、8羽のひなを育てる物語です。たぶん、この絵本の読み聞かせの30分に、子どもたちが魅了されるとしたら、見開きのページの一つずつに、かもたちに語られる物語の言葉が決して偽ることなく生きていることを発見するからです。冒頭の「かものマラードさんと、マラードおくさんは、すをつくるばしょを さがしていました」と語る時、かもたちはまごうかたなく、その場所を本気で捜しているかもとしてマックロスキーは描きます。次の見開きで、捜しつかれたかもたちは、やすむ場所を見つけるのですが、その時のかもたちは、見るからにつかれてほっとしており、絵の全体がその為ふさわしい場所を提供しているように描かれています。次の見開きでかもたちは朝ごはんを捜します。しかし「たいしたえものはありませんでした」。そんな徒労であってもかもたちは頑張っているように、マックロスキーは描くのです。いったい、どうしてそんなかもたちをマックロスキーは描くことができたのか。たぶん、その時のそのままのかもたちに、自分の身を置いたからだとしか考えられません。「サリーのこけももつみ」「海辺のあさ」がそうであったように、そうして描かれている、しっかりした骨格は、かもたちを身近にかつ徹底的に観察し、言ってみれば、かもたちの言葉を聞いて解釈できるくらいの位置に立っているからだと考えられます。それもこれも、マックロスキーにとって絵本を提供する子どもたちは、それほどかけがえのない大切な存在だからです。 height=1
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