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2005年12月03週
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 11月17日は公同幼稚園の先生たちの“園内研修”でした。この研修には、ずいぶん前から浜田寿美男先生(「私の中の他者」「ありのままを生きる」「発達心理学再考のための序説」「自白の研究」「記憶の闇」など、“人が生きる現場”との繋がりを外さない仕事がたくさんの著書になっています。「人間を理解するとはどういうことか」は障害児・者情報センターの企画した、浜田寿美男先生の講座を一冊にまとめたものです。今も、大学の授業のテキストにと注文がはいることがあります。現在は奈良女子大学教授)に来ていただいています。子どもたちと過ごした後、時には5~6時間にも及ぶ浜田先生を囲む研修会です。独特のしかし適切で解りやすい“浜田語”による子ども理解が示されることで、子どもたちと一緒に生きる現場の先生たちはずいぶん励まされてきました。
 11月17日の研修の時に、「もうしばらくしたら、『子どものリアリティと学校のバーチャリティ』(岩波書店だったと思う)が出ますよ」とおっしゃっていました。内容のことは詳しくおっしゃいませんでしたが、一連の子どもたちと学校をめぐる事件のことで、浜田先生が書いたり、おっしゃったりしていたことが、一冊にまとめられる本のようでした。で、事件が塾でも起こってしまいました。12歳ぐらいの少女が生きている世界は、マルゴト現実そのものです。そうであろう少年時代を生きてきた23歳の青年が、少なからず現実離れした事件を起こしてしまいました(これから、この青年が引き受けて生きることになる自分の人生からも、殺されてしまった少女の死のどこをどう考えても、ワリが合わない事件という意味でも)。京阪神間では比較的偏差値が高い大学に入る為、この青年は殺した少女ぐらいの年齢の頃には、進学塾通いをしていたかも知れません。この青年の少年時代は、進学塾通いという“現実世界”にどっぷりつかっていたことになります。そうだったとしたら、この青年の少年時代は進学塾一色の“現実”になります。受験戦争をいう“現実”、言い方を変えれば非現実世界を浮遊していたことになります。いつか将来自分のものとして獲得する現実の為に、今を生きる現実は、受験戦争の為の進学塾通いに封印してしまったのです。そうだとすれば、今回の事件は、進学塾という非現実世界を生きる、12歳の少女と、その進学塾という非現実世界をとりあえずは生き延びて23歳になった青年との衝突として考えられないことはありません。
 浜田さんは、書かれた本の中や話される中でも、よく“手持ちの力で生きる”という言葉を使います。人は将来身につける力で生きるのでもなく、将来の為に生きるのでもなく、今までに身につけた力で、今の自分の人生を一歩一歩きざむよりない、そんなような意味だと思います。少し考えてみれば、それ以外にその人の現実というものはないはずです。そうなんだと、自らの現実と照らしながら、子どもたちに伝えれば、どんな子どもたちも了解が可能です。と言うか、子どもたちこそがそんな意味での現実を生きています。で、子どもたちから、そんな意味での現実感覚が奪われてしまったとしたら、子どもたちのそのエネルギーは、どこに向かって行くのだろうか。そして、現実感覚を奪われた子どもたちが、奪われたまま育ってしまうとすれば、どんな大人になるのだろうか。 height=1
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