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小さな手大きな手

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2019年02月01週
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宝の海を守る為に座り込もう

沖縄・辺野古の海“美ら海”は
沖縄の人たちの宝
 沖縄の子どもたちの宝です私が、あなたが、今、現在いるその場所で

 沖縄・辺野古の海を埋め立てないで下さい

 沖縄・辺野古の海“美ら海”は
日本の宝
 日本の子どもたちの宝です
 沖縄・辺野古の海を埋め立てないで下さい

 沖縄・辺野古の海“美ら海”は
世界の宝
 世界の子どもたちの宝です
 沖縄・辺野古の海を埋め立てないで下さい

1月24、25日に、沖縄辺野古新米軍基地建設反対の座り込み行動に参加しました。日程の都合もあり、24日は午前11時20分頃に座り込みに参加する場合送迎をお願いする久志(くし)の駐車場に着きました。車の駐車は、2015年に参加し始めた頃はキャンプ・シュワブのゲートに近い路側帯に駐車し、歩いて座り込みに参加していました。地元の人たちの苦情・反対でそこが使えなくなり少し離れた辺野古漁港駐車場(名護市管理)を使い、ゲート前までは希望により送迎してもらえることになりました。しかし、漁港の駐車場は、海でカヌーなどによる反対行動を監視する漁船の港でもあり、監視船の乗り組みの待機場所(監視船も監視員も辺野古漁港の漁業関係者)にもなっている為、関係者の反対でそこも使えなくなりました。その後、約4キロ離れた久志に約50台収容の土地を、ヘリ基地反対協が借り受け駐車場になっています。その4キロを歩く人もいますが、送迎をお願いしており、2泊以上の時には送迎の運転手を買って出ています。
 24日は、2日間の日程でしたから久志について電話で送迎をお願いしました。送迎車を待つ間に、もう一人送迎を待つ人も一緒になり、送迎人数は2人なりました。うるま市の人でした。辺野古にはよく来ているが、「主人を送って那覇まで行っているので、この時間になる」とのことでした。で、少し話すことになったその人の自宅の近くが、沖縄県警機動隊の宿舎なのだそうです。「若い隊員さんが早朝ジョギングするので、散歩していると必ず出会う。で、若い隊員さんとあいさつをする」。その機動隊員と「辺野古座り込みで顔を合わすことがある」「よく見かけている子なのに、顔をそむける」のだと残念そうでした。
 辺野古の座り込みの場所は、キャンプ・シュワブの工事用ゲート前です。ゲートは、「ここは合衆国の基地であり、立ち入ったものは日本国の法律によって罰せられ」とあって、どんな意味でも立ち入ることは許されません。ほぼ2メートルの高さの頑丈なフェンスが基地全体を囲んであり、上部は2段のやはり頑丈な外向きの鉄条網になっています。入れないのです。同じように頑丈なゲート外部には、高さ4メートルのタンカン製のゲートが構築され、昼夜を問わず20名の警備員(アルソック)が固め、更にその外側の歩道と車道の境界にはプラスチック製の大型ブロックが2個連結でゲートの幅の2倍を超える、約30メートルにわたって並べられています。その部分だけ、歩道を歩けるのは一人だけです。工事用車両が近づくと、基地内の名護署の車両から座り込んでいる人たちに「○時○分、こちらは名護警察署です。車両運行の妨害になりますから直ちに座り込みを止め、退去してください」と警告が発しられ、ほぼ同時にやはり基地内から沖縄県警機動隊員が数十人出てきて、座り込んでいる人たちの前の車道に立ちはだかります。そして、沖縄県警の警察官がハンドマイクで、「警告します。直ちに座り込みを止めて退去しなさい」の警告が繰り返されます。もちろん、誰も立ち上がったりしませんから、機動隊員の小隊長(と呼ばれている)の「規制開始」の合図で、ごぼう抜きが始まります。その時の若い機動隊員の多くは「立って、立って」「歩いて下さい、歩いて下さい」と言葉は比較的おだやかですが、ごぼう抜きを始める時の、腕や手の力ははんぱでありません。なにしろ、鍛え上げた若者の力丸出しなのです。で、そんなやり取りの中で、座り込んでいる人たちの間から「暴力は止めろ」「機動隊は帰れ」の言葉が飛び交うことになります。
 そんなやり取りになってしまう、辺野古の現場で、むき出しで向かい合うことになっているのが、沖縄島の人たち、多くは「おじい、おばあ」と、やはり島の若者である機動隊員です。久志からの送迎の車で同乗することになった、うるま市から座り込みに参加することになった人が、残念そうに話していた「その事」です。
 1月24日の2回目の12時、3回目の3時の座り込みには、韓国からの「オモニ平和の会」(注)の20人も参加し、一緒に座り込んでスクラムを組むことになりました。ピンクの手製の横断幕をかかげ、ピンクの大型ゼッケンを前と後ろに付けての参加です。ゼッケンには日本語で、いくつかの言葉がぬいつけられていました。
 「戦争は終わった」
 「平和が来た」
 「兵器はいらない」
 「家に帰れ」
 などの言葉が大きくぬいつけられたゼッケン-です。この言葉を、渡されたマイクで、少ししゃべりにくそうでしたが、しかしきっぱりした口調で日本語で叫び、座り込んでいる人たちみんなが、オモニたちも一緒に叫ぶのでした。ぬいつけられた言葉、叫び声にもなったその言葉と一緒に叫びながら、これらの言葉について、少なからず気づかされたり考えさせられたりしました。
 辺野古の座り込みに参加した、オモニ平和の会の人たちにとって、この一つ一つの言葉は、何かの比喩ではなく、オモニたちが今生きている現場からの切実な叫びであるだろうことです。周知のように、朝鮮半島の南と北は、戦争の「休戦状態」です。休戦状態の南北は、いつでも戦争の再開が可能な臨戦状態で実戦部隊を配備してきました。力のぶつかりである戦争に備えるにあたり、南北どちらも「敗ける」ことの意味その結果をリアルに見つめ、理解していますから、当然そこに最大限の武力を結集しています。それが、朝鮮半島をめぐって南北が現実の戦争を経験した結果、そして現在が戦争の休戦状態である限り、それ以外の選択肢はあり得ませんでしたし、その歩みを、歴史を南北はほぼ60年近く続けてきたことになります。
(次週に続く)
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